御調 久遠
みつぎ くおん
なにもムリヤリ連れ出そうって気はねえ。
決めな。オレと行くのか、ここで死ぬか。
運動も勉強もなにをやらせても人より上手く出来たし、薬学に精通している呪術師の家系で家柄もそれなりに優秀。しかしその実態は、なんでも出来てしまうからこそなににも興味を持てない空虚な人間だった。つまらない毎日に辟易し、満たされない心を埋めるように呪霊を払う荒々しさたるやその性格も相俟って狂犬と称されるほど粗暴。命令を破りスタンドプレーに走ったことも数知れず、あまりに酷いと停学処分を喰らったこともある。術式の影響で味覚は既になく、なにを食べても味のわからない躰だ。虚しさばかりが横たわるつまらない現実にいつか興味を懐くなにかが顕れたその時、或いはこの色褪せた世界も違って見えるのだろうか。
呪霊、或いは呪力を宿した者の血肉を喰らうことにより対象を構築している細胞から性格・記憶・能力などの情報を分析し把握出来る。摂取量によって得られる情報量は異なり、量が多いほど詳細な分析が可能。更にいえば血より肉のほうが効率がいい。これにより行動や戦法、攻撃をある程度予測が出来、対象の呪力に耐性を得られるメリットがある。術式発動の際は眸の色が金色に変わるのが特徴。ただし強力な呪力を宿した者の血肉であるほど肉体に掛かる負荷が大きくなり、呪霊の血肉は消化が出来ないため解毒薬を服用しなければならない。常に注射器のシリンジを持ち歩いているのはこのため。血肉を得る手段として呪力を籠めた二本のダガーを使用する。
(御調の現当主は頭が硬くてかなわない。実力では御三家に遠く及ばない癖にその血の濃さだけ自尊心を高く積み上げて、次の代こそはと血眼になって無意味で退屈な跡取り教育に心血を注いでいる。当時は何故そこまで現当主、祖父が御三家に拘るのか理解出来なかったが、“五条悟”を知った今は祖父の頭は蛆でも涌いているんじゃないかとさえ思う。一目見ればわかる、あれはそもそも次元が違う。御調家が敵うはずもない。だが、俺なら──? 祖父に勘当され、母親の薦めで高専に来て早数年。屋敷の外に出てもこの世界は相変わらずイージーで、つまらなくて、退屈だ。) ぁ、?(「──…おい、御調!聞いてんのかよ!」鼓膜を震わせた声に驚いたようにゆっくりと瞬けば、目の前には青々とした蒼穹が広がっている。ああ、そういえば寝転がっていたんだと意識が飛んでいた間の記憶が徐々に蘇ってくれば緩慢に上体を起こした。まだ寝足りないと脳が訴えるように小さな欠伸を促したが、構わず意識を現実に縫い留めて、じっと見据えたのは先刻の声の主と思しき少年だ。見覚えがある。確か、そう、同級生 だったはずだ。)あー……聞いてなかったわ。 ナニ?(基本、呪霊を祓う時以外は普段の狂犬っぷりが信じられないほど、このように気怠い態度が常の男だ。同級生の少年はというと「だと思った!」とコメディアンも真っ青なリアクションで、呆れたように肩を竦めている。あ。憶い出した。)オマエ、杁本か。(興味がないからすっかり忘れていたって少年を見据える男の面に、もちろん反省の色はない。少年もそんな男の態度には慣れているのか気を悪くしないのは幸いだったといえるだろう。仕方がないなと乾いた笑みを張り付けながら手持ち無沙汰に頭を掻いた少年は、そうして件の奪還任務のことをぽつりぽつりと話し始めた。──要約するとこうだ。せっかく二級術師に推薦されたのだから、初任務は成功させたい。だから今回は頼むからワンマンプレーは避けて、協力して欲しい。 最もな言葉だろう。二級術師になってからの初任務を成功させたいと思う彼の気持ちもよくわかる。だが、)……興味ねぇなぁ。(彼は相談する相手を間違えた。男は呪霊の血肉を喰らう“狂犬”、残念ながら頭のネジはとうの昔にぶっ飛ばしている。ぽかんとした少年の表情を見る限り、まさか一蹴されるとは思ってもいなかったのだろう。黄昏の眸を眇めては、薄い唇は気怠そうな音を奏でる。)聞こえなかったか? 二級術師も、生贄のオンナも、宗教連中も知ったこっちゃないって言ったんだよ。オレはオレのやりてえようにヤれりゃあそれでいい。誰に命令されるつもりもねぇ。(Xに哀れな少女が囚われていようとどうだっていいし、なんなら世界がどうなろうと興味はない。そう宣うように言い切って、まだぽかん顔のまま固まっている同級生を見据えてはにやりと笑った。なまじ貌は悪くないから悪い笑い方をしても悪人面に見えないのがせめてもの救いだろう。)ま。 安心しろ、悪いようにゃしねーさ。任務は成功するし、オンナも奪還する。そう難しいことじゃねえよ。(此度五条悟に二級術師に推薦されたのは男と少年だけではない。中には優れた術者の名もあったと記憶しているし、それこそ己の役割をしっかりと意識して挑めばそう難しいことではないだろうと、なんてことないようにけろりと答える。「……俺、お前のそーいう強キャラムーブ、嫌い」いつの間にか体育座りになっていた少年からジト目と一緒に恨みがましい言葉を向けられれば、)ンだよそれ、意味わかんねー。(ふはっと噴き出した。やはりこの世界はイージーだ。昔からなにをやっても失敗したことなんてない。当たり前のことだ。すべて予定調和であるのだと、なんの疑いもなく、そう思っていた。)