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【3】(枝葉伸びれば陰生ずとしても)

卯木祈織〆 ♦ 2021/01/19(Tue) 05:18[48]

(大人びていている、怠惰、品行方正、クズ。真逆な評価のようでいて実はそう変わらない内容なのだと気づいている人間は、さてどれほどいただろうか。大人びているというのは子供らしい積極性と自由を求める言動がないということで、怠惰もそれに同じ。品行方正もこの場合、真面目の意でなく“Xにとって問題を起こさない良い子”のことを指す。たとえば脱走を企てない、強い思想を持たない、命令には従う、その他エトセトラ。要は意志の薄っぺらいクズだ、と。陰で嗤われても傷ついたこともない。まあ正当な評価だろうなと、やっぱりどこか他人事だった。そんな風に投げやりで適当で、間に合わせの生き方ばかりしていた。だからこれは、多くのものを無駄にしてきた、その報い。)うそ、(彼と担任との会話が聞こえて来たのは偶然だった。なんとはなしに耳をそばだてていれば、内容に思わず声が漏れる。どくん、どくん。反射的に口を手のひらで覆ったら、代わりに心臓が嫌な音を立て始める。深く深く息を吐き出したのは、逃げるようにその場を後にし、何回目かの曲がり角を折れてから。)……そっか。そうだったんだ…。(壁に背を凭れつつ、そのままずるずるしゃがみ込む。ワンピースの裾が汚れることなんてどうだっていい。思いがけず知ることになった真実は衝撃的で、しかしその一方で得心も行く。クリスマスの日、Xから連れ出してくれたのは、呪術師として階級が上がるというリターンありきだったのだろう。そうでもなければ何も持ち得ない自分を必要とするわけがない。わかっているのに。今度は体育座りの構えで今度は膝小僧に顔を突っ伏した。ゆらゆら、ゆらゆら。心が揺れる。)…わたし、少しは役に立ったのかな。(せめて彼の歩む道において役に立てる何かであったのだと思いたい。今まで落っことしてばかりだったものを“これから”は拾い集めよう、そう思えたのは彼のおかげだから。)おめでとうって、言った方がいい……ううん。言わなきゃ。それで、セイに今までありがとうって、……言おう。(それから、さよならの日までに彼へ恩返しになる何かをしたい。強いて言うならとかなるべくとか、そんな曖昧な感情じゃなくて。はっきりとした自分の意志で、そう思った。)…学長先生、今いいですか。(夜蛾学長のもとを訪れたのは、決意表明から一刻ほど経った頃のこと。)あの、布と刺繍糸が欲しいんです。一人で買い出しには行けませんが、学長先生はそういうの、たくさん持ってるって聞いたから…。(なぜ急にと言わんばかりのサングラス越しの双眸に、徐々に歯切れ悪く言葉が詰まる。だが、理由なくば難しいのならぽつぽつ続きを紡ぐだろう。)本当は、霊験あらたかな神社で貰ってくるのがいちばんいいと思うけれど、それだって一人でこっそり赴く、とはいかないでしょう。なら作るしかないと思って、……おまもり。(いつの間にか育った心は、きっとさみしいと産声をあげている。同じくらい彼が心置きなく、健やかに選んだ道を進めることを祷っている。――相反する感情は複雑で眼裏と喉の奥にじわり熱がこみ上げる。生きるのは楽しいだけじゃなくて痛くて苦しいこともあるらしい。それでも、何も響かなかった頃に戻りたいとは思わなかった。)

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