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【ep】(ふたりの部屋)

近嵐隣 ♦ 2021/02/12(Fri) 01:26[83]

あっ!白亜~、風呂の洗剤覚えといて!(彼女の卒業を待って引っ越した2LDKは、結局高専と彼女の通う大学の中間を選んで決めた。立地と防犯対策を重視したくせ、数日家を空ける場合は高専に残したままにしてもらっている部屋に帰るよう彼女に言い含める心配性ぶりは、生来の楽観主義からは逸脱していたから良い笑い話の種だったかもしれない。)今日何買うっつってたんだっけ?夕飯どうする?(2018年10月31日、非番の午後3時過ぎ、住み始めて7ヶ月ともなれば生活感がそこら中に滲んでいる部屋の中で、彼女の元へと歩きながらの声掛けはやや大きめ。非番と休講が重なった今日を急遽買い出しの日に決めたのは昨晩のことだった。開きっぱなしの彼女の部屋をひょっこり覗きつつの「たまには俺が作るんでも良いけど」は、カレーか野菜炒めのいずれかを選ぶしかない事をもう彼女は知っている。)どっかで食ってきてもいーな。結構買うもんあるなら一回戻って来ねえとだけど。もう出れんの?(近づきざま彼女の髪のひと房をやわく戯れに引っ張って、意味もなく傍にひっつきたがった。元より人目を気にするタイプではなかったが、住処が変わり二人きりのタイミングが増えてから殊更に距離感は近くなっている。当たり前の幸福を享受する、そんな日常が此処にはあった。)

乙無白亜 ♦ 2021/02/12(Fri) 22:21[84]

(瞬く間に月日は流れ、一緒をはじめて早7ヶ月。ともすれば過保護と言っても過言ではない彼の言葉に都度へいきだよって暢気に笑う遣り取りも、既に日常のひとつとして生活に溶け込んでいる。聞こえた言葉に「はあい」と了解の意を返し、頭のなかの購入リストにお風呂用洗剤を追加しながらコンパクトをぱちんと閉じる。あまり化粧映えのしない面立ちは控えめなナチュラルメイクを施すに留め、あとは左サイドのひと房を細く三つ編みに結ったら完成だ。)えっと、歯磨き粉と、柔軟剤と、お米と油もそろそろ無くなりそうだから、買うつもり。 あとはそろそろ寒くなってきたし、土鍋とかもあればほしいかなって。(ひいふうみい。彼と一緒なのだから重たいものは任せようという魂胆で、リストに並べた必要なものを指折り数えていく。)となり、ハンバーグかメンチカツ、どっちがいい?(休講の日は修行も兼ねて手の込んだものを作ると決めていた。彼の手料理だってもちろん悪くはないのだけれど、夕食を問う音に玉ねぎがたくさん残っていたことを思い出しては思い浮かんだ献立候補をふたつあげる。近付く距離にわかりやすくかおばせを喜色に染めて、どっちがいいとゆるりと首を傾げたのちは、するりと彼の手に五指を絡めて「行こ」を促した。目指すはバスで少し行った場所にあるイオンモール。橙と黒の装飾があっちこっちを華やかに彩っていた。)そういえば、今日、ハロウィンだったっけ。(そういえば高校の友達も、大学の友達も、今日は渋谷のハロウィンに参加すると朝にLINEが入っていたことを店内の装飾を見て思い出しては、問いかけるみたいに紅玉が彼のかおばせを見あげた。それならメニューをカボチャの煮つけにしたほうがいいだろうかと思案しながら。)

近嵐隣 ♦ 2021/02/13(Sat) 02:12[85]

(己にしてみれば未知の領域なる化粧を、彼女がする様を眺めているのが割かし好きだった。何となく何かが変わったような気がする、程度の認識ではあったけれど。図ったかのような重量級のラインナップに「うっわトレーニングメニューじゃん」とあからさまに作った困り顔で所感が落ちる。)つってもそんくらいなら余裕!土鍋いいじゃん。昔家にあったやつうさぎの絵描いてあるやつだったんだよな~。(懐かしげな口吻はその実幼少期の思い出ではなく、ふれあいコーナーのうさぎを脳裏に過ぎらせながら。パーカーにデニムにデイパックなる装備はいつも通り、夕飯担当の可能性が一瞬で消えたことを別段気にする様子もなく、「んじゃハンバーグ!」と、二択への返答はすぐだった。バスの中ですら指先絡め、戯れに興じながら来慣れたモールにて、彼女の声にそういえばとかぼちゃのオブジェを横目にしながら、)あ、そういやそうじゃん。渋谷とかヤバそうだよな~……。ハロウィンって俺ん中であんまイベント感ねえんだけど、とりあえずかぼちゃのプリンでも買ってく?(クリスマスまでの場繋ぎのようなイメージだからこそ、かぼちゃに対する忖度もあったもんじゃなかった。必要な生活用品を購入しながらもすっかり口はハンバーグを求めていたから、「ハンバーグの中チーズ入れねえ?」なんて呑気な提案もしたりして。)つーか今年はクリスマス一緒に過ごせっかな~。白亜欲しいもん考えといて。(ひと足先に聖夜を意識し始めているクリスマスケーキのチラシを見ながら、今日よりもふた月先の想い出を想起した。「はえーな」と、時の流れの無常が過って結んだ指先を引いた。)

乙無白亜 ♦ 2021/02/13(Sat) 14:06[86]

(日頃からお米やら油やらの重たいものは彼にお願いすることが多いので悪いなあとは思いつつも、けれど彼ならこのくらい余裕なんだろうって信頼もある。だから想像通りの言葉が返れば頬を緩め、昔日へと想いを馳せた。)うさぎ、懐かしいね。 わたし、自分よりもうんと小さい生き物を見たの、あれがはじめてで、どう触れたらいいのかわからなかった。でも、あそこでとなりが背中を押してくれたから、わたし、命の大切さに気付けたんだと思う。(ぽつりぽつり、言葉を落とす都度記憶が鮮やかに蘇る。自分よりもうんと小さな生き物が懸命に生きているぬくもりを、鼓動をてのひらに感じて、命とはこんなにもあたたかくて尊いものなのだと知れた。考えを改めることになった一番の契機は彼の想いであるけれど、あれもまた今のむすめに繋がる大切な憶い出だ。)ね、となり。今度のデート、わたし、動物園がいいな。今度はうさぎ、抱っこしてみたい。(たっぷりとしたドレープが印象的なグレーのマキシワンピースの裾を揺らし、五指をきゅっと握っておねだりひとつ。土鍋の話からすっかり逸れてしまったって小さく笑っては「うさぎ柄の土鍋、探してみよ」と話しを本題へと戻し、モール内ではサングラスは外してベージュのトートバックへと仕舞った。)渋谷、去年ハロウィンで行ったけど、人がすごくて疲れちゃった。友達は、今年も行くっていってたけど……。(今日彼が非番だと聞いて昨晩誘いを断ったのだが、あの人混みと熱狂はどこか恐ろしささえ感じるものがあった。プリン購入提案には頷いて、本日のデザートはこれにて決まり。「じゃあミックスチーズも買お」とカートへと本日サラダに変身予定のにんじんとジャガイモを入れながら、彼が手にしたチラシを一瞥。)そうだといいな。わたし、となりと一緒にいられればそれでいいよ。 となりは欲しいもの、あるの?(物欲は相変わらずなし。ただ一緒に居られるならそれこそが贈り物だって笑いながら、ゆるく首を傾けては話題を彼へと移した。)

近嵐隣 ♦ 2021/02/13(Sat) 22:55[87]

俺はあん時そんな難しいこと考えてなかったけどな~。見た事ねえなら行こうぜっつー感じでさ。会ったばっかの頃さ、お前大体何でも初めてっぽかったし、何ならこいつ助けたのが俺じゃなくても懐いたんじゃねえかな~って思ってたかも。(白い毛並みに赤い目=うさぎの刷り込み記憶が塗り替えられた日でもあった。恐る恐る手を伸ばす彼女の様子が脳裏に過る。新たに知り得る過日の心緒につい口に出来た感情は、過去形に出来たからこそ打ち明けられたものだった。)したら来週末空けといて。いける?あ、つっても動物園ってうさぎばっかいる訳じゃねえからな。いろいろ見ようぜ。ゾウとかキリンとか!(口に出すなり既視感が芽生えるから、即座に首傾げながらの「これ俺前も言ってた?」は笑いを誤魔化しきれずに、「パンダもいいよな」は新たなオススメとして付随しよう。)土鍋使うってなったらこたつも欲しくなんな~。白亜暑い寒いあんま言わねえけど、やっぱ冬んなったら部屋ん中あったかい方がいいじゃん?(一瞬戻ってきた本題を更に別の角度で打ち上げては、素直な物欲が漏れた。服にも食にもそうこだわりも興味もなかったが、ある種生活環境の向上には余念がない。彼女の首肯を待つ蒼穹の双眸にはわかりやすい期待が滲んでいた。)そういや行ったっつってたっけ。俺任務でいなかったときだ。人多いとこは呪いも増えっからな~……。そうじゃなくても危ねえけどさ。(呪霊を目視出来ぬ彼女にしてみれば単に殷賑極めた空間かもしれないが、羽目を外す輩が多いとはよく聞く話だ。尤もらしい理由をつけて過保護を正当化しようと試みつつ、諸々買い込んだカートの中身を鞄へ詰め込む折、ケーキのチラシも適当に二つ折りにしてしまった。折り鶴を綺麗に折れるようになる日はまだ遠い。)それが一番どうなるかわかんねえとこあんの知ってんじゃん。 俺は白亜にもらえんなら何でもいーな。(拗ねたように唇尖らせてごちる。安穏とした日常以上を求めないのは清貧でも無欲でもなく、充足感がゆえだ。重くなったデイバッグを背負っても両手は空いたままだから、自然と掌は彼女のぬくもりを求めた。)

乙無白亜 ♦ 2021/02/14(Sun) 00:02[88]

となりと一緒に居るようになってから、なにもかもが新しくて、いつも心がぽかぽかしてたのは、ほんとう。 でも、どう、かな。となりじゃなくても、優しいひとなら、懐いてたかも。(困ったように眉尻を下げて淡く笑う。ちょっと意地悪なことを言っただろうかと思いながら、でも彼の言葉は否定できない事実だった。今だからわかる、無知で従順な頃の己が如何に危うい存在だったのか。けれどまあ、実際、今もそんなに変わっていないのだけれど。)来週はだいじょうぶ、と思う。 うん、言ってた。ゾウもキリンもライオンも、パンダが居ることだって、わたし、ちゃんと知ってるよ。(吊られたみたいにくすくす笑声をまろばせて、あの頃とは違うんだぞアピールも忘れずに挟んでおいた。我慢強いというか抱え込みやすいというか、歳を重ねても相変わらず身体の変調を口にしないむすめであるけれど、快適であることに越したことはないからとこの身を傷付けることのない蒼穹を見つめて「じゃあこたつも用意、しよ」と首肯した。)大学もひとが多いけど、わたし、へいきだよ。(女子校に通っていたこともあって、共学の大学はむすめにとって高専と同じく毎日が発見に満ちた宝島のようなもの。呪いの特性については勉強したがゆえに一応わかっているつもりでいるけれど、しかし呪霊が視えぬ以上如何せんどうにもならないのは事実で、だからこそ今はなんともないのだからと彼を安心させたくて平気を紡いだのだった。)だから、一緒に過ごすのがクリスマスプレゼントになる、でしょ? わかった。考えておくね。(拗ねたようなかおばせを見つめて無垢に笑う。去年もその前の年も、あんまり背伸びしないで自分が贈れるものを彼に贈ってきたから、今年もきっとそうなるのだろう。てのひらは誘われるように定位置に納まって、重ねたぬくもりを離さぬようにきゅっと握る。けれど帰路に着くころには更に荷物も増えて、むすめの小さな手にもいくつかの袋が握られていたはず。)

近嵐隣 ♦ 2021/02/14(Sun) 04:08[89]

それは分かる!よく笑うようになったもんな~。ハハハッ、かもっつったけど家入サンとかにも懐いてたくねえ?まぁそんでも、俺じゃなかったらお前今こんな感じじゃねえだろうなって思うよ、俺。(困り顔の眉間をいたずらに突っつく指先はいつかと同じ戯れ。当時なら自覚させまいと口を噤んだだろう思考を明かしたのは自信ゆえだったから、あっけらかんとした笑みは変わらない。)大学はなんかまた別の心配があんだけどさ~。お前親切そうな人いたらちょっと付いてきそうになんねえ?(彼女の高校生活を安穏とした心地で見守れていたのは、周りが同性ばかりだったからなのだと気づいたのは彼女が大学生になってからだった。疑いのまなざしは懸念と言うよりも何処かいじけたような風采で、二十歳を超えたと言うのにそりゃあ頑是無い。)なる!なるけどさ、分かった俺。俺さ、白亜にこうしてほしいとか、あれほしいこれほしいっつわれたいんだよな。お前あんま言わねえじゃん。(単に彼女に我儘を言われたい欲が募っての物申しは、傍らの顔をちらり盗み見るようにしながら。して、帰宅したのは、もう西の空が太陽を飲み干した後のことだ。キッチンに立つ彼女に、「玉ねぎのみじん切り上達した?」なんて問い掛けた直後、ポケットの中のスマホが軽快なメロディと共に唸った。)やっべ、俺なんかやったっけっかな~? はいもしもし!すんません俺なん、(非番にかかってくる電話なんざ碌な内容じゃない。お叱りの可能性を一瞬思い出そうとしながら通話に出れば、遮るように勢いづいた声が一瞬で緊迫感を誘った。スピーカーにしてもいないのに漏れ聞こえるほどの焦燥に笑みが消える。渋谷、帳、緊急事態。)ハロウィンの影響で呪霊が暴れてるっつー感じじゃないんスね。大丈夫ッス、すぐ出れるんで10分後に下で!  ごめん白亜、ハンバーグ夜食か明日の朝飯フラグだ。(眉下げパンッと手を合わせ言うやいなや、全身黒の仕事着に着替え、呪具を入れたデイバッグを背負った。何となく嫌な感覚憶えて眉が寄る。車が到着するまであと7分、我慢できずに彼女を背中から抱き締めた。)……俺の、チーズたくさん入れといて。(甘えた声はましろの上から降り注ぐ。)

乙無白亜 ♦ 2021/02/14(Sun) 12:12[90]

……うん。わたしも、そう思う。(どんなにしあわせをもらっても、一番のさいわいは教祖様に捧げられる贄として死ぬことであると思っていた。けれど考える切っ掛けを与えてくれたのは、他でもない彼だ。図星を突かれた上に眉間に伸びる指先がくすぐったくて、困り顔もすぐに破顔。いついつもこうしてまっすぐぶつかってくれる彼だったからこんなふうに生きられるようになったのだって、誰よりも一番むすめが知っている。)わたしが付いていくの、となりだけだよ。(友達と遊ぶことを除いたら、一緒に出掛けるのも、手を繋ぐのも、おかえりを言うために走って帰るのだってぜんぶ彼だけだ。なんだかいじけてるような様相みとめてはちょっぴり可笑しそうに笑う。「そう、かな」独り言つような小さなささめきが喧騒のなかに掻き消える最中、脳裡に蘇ったのはいつか我慢しなくていいのだと言ってもらった瞬の記憶。ほしいもの。彼にして欲しいと思うこと。考えればきっと無くはないのだろうけれど終ぞ答えを出すことなく帰宅して、コンソメスープとハンバーグ用の玉ねぎの準備をはじめた、そんな折。渋谷、帳、緊急事態。焦燥に逸る声から伝わる緊迫感に、包丁を握る指先が緊張を帯びる。彼が任務に駆り出されるのはいつものことであるはずなのに、どうしてだろう。胸がざわざわ、落ち着かない。トントンと小気味よくまな板を叩いていた包丁の音も次第に細くなり、軈て完全に沈黙。中途半端に刻まれた玉ねぎはまだまだ全然荒い。)……うん。(ぬくもりに包まれて、てのひらに握っていた包丁から完全に手を離す。甘えた聲に了解を伝えるように返事をひとつ。いってらっしゃい。気をつけてねって、いつもなら送り出しているところだけれど。)となり、(抱き締めてくれるあたたかい腕へそろそろと手を伸べて、指先がぎゅっと縋るように彼の腕を掴む。)  行かないで。(困っているひとが居ると知りながら、友達が渋谷にいるとわかっていながら、それでも隣に居てほしいと懇願する声は不安と罪悪感で震えてしまった。俯けた紅玉がゆらゆら揺れる。はじめて紡ぐ、我儘だった。)

近嵐隣 ♦ 2021/02/15(Mon) 05:46[91]

すげえ殺し文句じゃん。んじゃ信じとこ!(喜怒哀楽を表すに躊躇い無い性情ではあれ、人並みの羞恥心くらいは把持している。いた。事実、相手に面と向かって信じてるなんて想いを告げたのは彼女が初めてだった。平素崩しがちな言葉を丁寧に紡ごうとする心掛けはかなり早い段階で消え失せたけれど、限定的な口振りはそれだけでひときわの特別に聞こえたから、茶化すような物申しで含羞帯びた笑みを散らそう。包丁が止まったのは抱擁以てではないとは気づいていた。任務の前にぬくもり求めるのが癖になったのはいつからだろう。失敗するつもりなんざないけれど、死と隣り合わせの可能性を前に充電なんて在り来りな名分を振り翳すなか、聞こえた声にビクリ肩を揺らした。)……白亜?(いつもと違う声色といやな感覚が相俟って、焦燥に襲われそうだ。俯く顔ばせを蒼い眼に映したがって膝を折る。)ありがとな。(震えた吐露が愛おしくて感情が溢れる。正面から両手を握り直し、見上げるように視線を向けたなら紅と交わるか。)うんって、言ってやれなくてごめん。(謝罪は真っ直ぐな眼差しを添えて。知らず知らず数多の裏切りを受けてきただろう半生を思えば、彼女の望みにひとつだって首を振りたくなかった。思い起こす限り初めての我儘を、求めておきながら受容できないもどかしさに眉が寄る。)でも、信じてほしい。ちゃんと帰ってくるからさ。(不穏な予感を笑みに隠して、なっ、と同意欲しがる声が跳ねた。いつか信頼の可否を問うた、幼い彼女の声が過ぎる。)

乙無白亜 ♦ 2021/02/15(Mon) 11:34[92]

(彼に懐く感情が俗に謂う初恋であると気付いたのは、確か高校2年生の春くらい。以降、彼がそうしてくれていたようにむすめも特別を意識して彼に向けてきたつもりだった。天の蒼さを、太陽の眩さを教えてくれた、乙無白亜の世界を変えてくれた英雄。ずっと一緒を望んだひと。けれど彼の特別はもらえても、彼のたったひとりにはなれないと知っている。それだけはどんなに希っても望めぬものと、彼の自由を望んだむすめ自身がなにより叶わぬものと理解していながら、それでもと浅ましい我儘を口にした。要らないと棄てられないような、手の掛からないいい子で居たかった。これ以上彼を困らせることもしたくない。それなのに優しい声色がじわじわと頑なになった心を融かしてゆくから、拡がるあたたかさに堪らずまなうらが熱くなって、見つめ返した蒼穹が溺れたみたいに霞んで見えた。ごめんに応えるみたいにふるふると白糸を振るととも、睫毛の淵に溜まっていた滴がぱたりと落ちたが最後、はらはらと紅玉から落ちゆく涕涙を止められない。さめざめと泣く情けないかおばせを見られたくないのに、けれど包まれた両手ではそれも叶わないから、過日の音を拾っては濡れた紅玉をそろそろと彼へ向けて。)っ、 しんじ  る。となりのこと 、信じる、する。(ずるい。ずるい。そう言われてしまったら頷くしかないってわかってる癖にって、嗚咽混じりにささめく音は駄々っ子の妥協みたいに響いた。けれどそれでも彼が帰りたいと思うような場所になると決めたのは自分自身だから、「待ってて」と彼の手から一度離れればパタパタ自室へと駆けこんで、ほどなくして戻ったむすめの手にはちょっぴりくたびれた紅色の折り鶴があった。あれからずっと持っている、むすめの大切なお守りだ。過日彼に贈ってもらった祈りの綴られた折鶴をそっと彼の手に預けるととも、てのひらへ祈るような淡い口付けを落とす。)……いってらっしゃい、となり。(信じてる。)

近嵐隣 ♦ 2021/02/15(Mon) 18:33[93]

(きっかけがどうあれ、一度決めた道から降りなかったのは性に合っていたからだ。呪いと暮らしは切り離せない。人助けをしたいなんて殊勝な心がけがある訳ではないのに、考えるより先に体が動く。そういう風に出来ていた。窮地に立たされた人々の中に乙無白亜がいたならばいっとう先に手を差し伸べるけれど、きっとすぐ彼女を置いて誰かを助けに行くだろう。それは任務云々と言うより、きっともう性だった。)…すげえ泣くじゃん。溜め込んでた?俺たぶん言ってくんないとわかんねーけど、お前がいくらこうしてああして言ったって嫌いにはなんないかんな。(言うことを聞く人形が欲しくて一緒を選んだ訳じゃない。否を唱えたとて解ける関係でもないとの自負は、もしかしたら甘えも込みかもしれないけれど。両手を掴んでいた無骨な手のひらが、そのまましとどに濡れた頬をぬぐった。触れた涙はもう冷たくあるはずなのに、どこか温かな感触にまなじりが自然下がる。見慣れた紅を映じて、信じるの声がじわり体に染み入った。)うん、サンキュ。……なるべく早く帰って来るけど、ちょっとまだ規模わかんねえから、連絡あるまでは外に出ないようにな。(手を伸ばしていつものように髪を掻き混ぜたのち、彼女が持ってきた折り鶴見ては「へったくそ」とかろい悪口で笑った。やわらかく落とされた小さな祈りに、弧を描いたままの唇がうんと在り来りな首肯を返したのち、少し屈んで赤い唇をやわく掠めとった。)っし、行ってくる!心配しててもいーけどちゃんと寝ろよ。(折り鶴をポケットに忍ばせれば、デイパックを肩に引っ掛けた。ハロウィンの夜の長さを、このときはまだ知らない。)

乙無白亜 ♦ 2021/02/15(Mon) 21:33[94]

(彼が誰かに手を差し伸べることを性とするならば、ここを越えたらいけないと他者との間に線を引くのがむすめの性みたいなものだ。劣悪な環境で育ったがゆえの癌。あたたかい場所に少しでも長く縋りつくための術。歳不相応の幼さも、思い返せば庇護欲を擽るための手段のひとつであったのかもしれない。いずれも無意識であるから我慢をしているわけでもないし、彼を困らせたくないって思うのは前々から意識していたことなれば、我儘を紡ぐのも一苦労だ。嫌われるかもしれないと根本的な懸念が拭えぬぶん、従順でいるよりも自由であるほうがずっと難しいと痛感した。)うん。わかってる、つもり。(ゆえにこればっかりは慣れていくしかないのだろう。喜怒哀楽の発露に乏しければ慾も薄いゆえ、中々我儘を申し立てる機会もなければあとは経験していくのみだ。濡れた頬を拭うてのひらの温度に甘えるように濡れた睫毛をそっと伏せてから、こくりと頷いた。)わかった。今夜は、出歩かない。 でも明日は学校あるから、朝には出て行くつもり。(彼がいつ戻るかわからないから、もしも朝まで掛かるようなら鍵は忘れず持っていってねと言外に告げて。どんなに縒れてて下手くそな折り鶴でも、むすめにとって宝物であることに変わりはないゆえ「大切にしてね」の念押しは忘れずに。唇に淡くふれたぬくもりに紅玉を伏せるも刹那、赤い眦をさげて薄く笑った。)……うん。つかれた、から、今日はすぐ眠れると思う。 ハンバーグ、レンジに入れておくね。(さいわいなことに不安で眠れなくなるような性質ではないから、泣き疲れたこともあって今宵は彼の心配をよそにきっとすやすや眠れるはず。彼のぶんのハンバーグはチーズを多めに入れて、付け合わせのポテトサラダは冷蔵庫に。コンソメスープは明日の朝も飲めるように量を多く作って、ご飯も保温を切らずに置いておこう。玄関まで見送りをするつもりで後を追いかけて、玄関を出た背中が見えなくなるまで見送るのは、彼が任務の折はいつもしていることだった。)

近嵐隣〆 ♦ 2021/02/17(Wed) 20:05[95]

(きっといっとう最初は、幼気な少女が生き延びるための術につられただけだったかもしれない。それでも、彼女が生を択んだあの日から、否それよりももっと前から、彼女を守るのは己でありたかった。一緒に生きたがった理由の取っ掛かりはその程度だったろう。彼女が紡ぐ、当たり前の日常にすら幾許かの焦燥を憶えてしまえば、濡れた頬にぎゅっと力を込めてから解放する。)ちょっとさ、上手く言えねえけどいつもと違う感じすんだよ。白亜が出る時間までに俺から連絡なかったら、明日は休んでくんねえ?キャンパス、渋谷からそんなに近い訳じゃねえから大丈夫だと思うけどさ。(悪い予感は往々にして当たるものだ。過保護な心配性をこれでもかと抱き合わせた物言いが受け入れられるかは定かでないが、「何ならお前がいる部屋に帰ってきたいじゃん」おまけみたいな言い分だって本音には違いなかった。)なくしたら怒んねえ? ん、んじゃハンバーグご褒美になるように頑張ってこねえとな~。…これ、寝る前に冷やさねえと明日おばけみてえになるかも。(まだ朱い彼女の眦を親指の腹でそっと撫でながら、揶揄めいたアドバイスをひとつ。玄関のドアから一歩踏み出した後、彼女が其処にいるとは分かっていたから、笑みを湛えて振り返り片手を翻す。ガチャンとしっかりドアが閉まった後、網膜にまだ白い残像が残るなか、顔ばせから笑みが消えるまでがいつも通りの光景だった。)


(記録:2018年10月31日19:58、近嵐隣(準一級呪術師)現着。20:14、東京メトロ渋谷駅13番出口側“帳”外にて、七海・猪野・伏黒と共に現況報告を受ける。“帳”外にて暫時待機の後、五条悟封印の報告を機に単独行動開始。21:33、渋谷駅前にて狗巻・立花と共に一般人避難救助に当たる。22:20、七海との合流を目指し移動する中、特級呪霊と遭遇。戦闘を一時目撃した補助監督は後に、聴覚を持たぬ呪霊との戦闘に苦戦を強いられていたと語るが、直後渋谷ストリーム前における戦闘の影響で生存確認は困難を極めた。)


(近嵐隣にとって、呪術師継続の決め手なんてものはきっと存在しなかった。とうに譲る譲れないの領域ではなくなっていたからだ。怪我をする度、どうしたって彼女に心配を掛けている事実を実感する都度、辞める道を選ぼうとしなかった訳じゃない。何度だって考えて、考えている内に新たな任務に駆り出されてしまえば感覚で体が動いた。何とかしようとすれば何とか出来た。それが当たり前だったのに、)…もう続けらんねえのかな、(直前の記憶すら曖昧だ。右足の感覚はもうない。次の反撃のための呪力も。生意気にも初めての挫折感で以て呪術師としての終わりを悟り、そのまま意識を手放した。)

(――夜闇に光るライトの眩さと称呼に、男は暫時目を覚ます。瓦礫の狭間、ぼやける視界。薄くしか開けることの出来ない双眸は、頭部から流れた血が黒く凝固した為とは知る由もない。男の右足は膝から下が引き千切れ、未だ出血したままだと言うことも。不幸中の幸いか、視覚情報がない為か激痛を自覚することはなかった。血の気の引いた唇を僅かに動かし、誰かの名前を呼びたくて口を開いたが、声を発することのないまま再び意識は途絶えた。)


(記録:2018年11月1日未明、補助監督の一人が近嵐隣を発見。頭蓋骨陥没骨折及び右下肢の欠損による失血の為瀕死状態であったが、新田新の術式により一命を取り留める。その他骨折もあり、搬送後治療開始。昏睡状態が続いたが、頭部外傷はそれほど酷いものではなかった。二週間後、医師との会話が可能なレベルに回復、そこで新たな症状が確認される。以降、激しい頭痛と嘔吐感を併発。継続的な加療を要するとの判断が下った。)

…つーか、これどっからどう見てもゴミじゃねえ?(真っ白な壁の病室に一人、サイドテーブルの上に置かれたくしゃくしゃの紅い折り鶴を手にとってひとりぼやく。――意識回復後、数年分の記憶が抜け落ちていると最初に気づいたのは家入硝子だった。いつもなら真っ先に口にする少女の名を呼ばなかったからだ。極めつけに当の本人は呪術高専に通う三級の呪術師だと口にした。脳挫傷による記憶障害との診断が下されたが、一時的なものであるかは分かっていない。呪術師の任務中の怪我と記憶喪失、呪術師継続は不可能に近い事実について驚くほどあっさりと受け止めた男は、「何とかなんだろ」とバカのひとつ覚えみたいにのたまった。斯くして、面会謝絶が解かれる今日。ましろの少女と見えるときも、きっとあっけらかんと笑って迎えるだろう。)あ、家入サンが言ってた子だろ。はくあだっけ?俺、近嵐隣って言うんだけど、……ってお前は知ってんのか。ごめんな、思い出せなくて。(“初対面”の少女に向けて、その実二度目であるらしい自己紹介に緊張はなかった。下肢は布団の中に突っ込んでいるから、平素との変化は頭部に包帯が巻かれているだけだろう。眉尻下げてクシャッと笑う様はきっと以前と変わらない顔をしている。)お前がさ、いやじゃなかったら教えてくんねえ?お前のこと。お前が知ってる俺のことでもいーんだけどさ。(悪気なく、ひとりで先に真っ白なページを捲った。ふたりきりの部屋に紅い鶴、窓から覗く蒼穹だけが憎らしく鮮やかな色をしていた。)

乙無白亜〆 ♦ 2021/02/20(Sat) 22:40[96]

(  ぱちん。泡沫が弾けたように、ふと意識が浮かび上がる。寝ぼけまなこを瞬かせながらかおばせをあげると、ほんのり薄暗い部屋が紅玉に映りこんだ。しんと横たわる静謐が、待ち人戻らずを雄弁に語っている。──そうだ。彼の帰りを座って待っているうち、うとうとして眠ってしまったのだった。うまく冷やせていなかったみたいで、なんだか腫れぼったいように思う瞼を指先で確かめながらテーブルの上に置いていたスマホを片手で手繰り寄せる。着信、メッセージともになし。彼から連絡がないことはもちろん友達に至っては既読にすらなっていなかった。またしても胸がわざわざ、嫌な感覚にとらわれそうになったから、テーブルからのろのろと身体を起こして窓のほうへと足を進め、そっとカーテンを開け放った。)……あめ、降ってる。(薄い硝子に隔てられた向こう側に光を放つ蒼穹はなく、鈍色から落ちる凍雨が白く空を染めていた。いつだったか、雨はお空の上にいる神さまが地上を浄化するために流すものなのだと聞いたことがある。ならばこの雨はなにを浄化し、洗い流してくれるものなのだろう。コンソメスープの鍋を火に掛け、グループLINEに一言今日の講義は休む旨を書き込んでから朝のルーティンを開始。室内干しの準備を整えながら洗濯物を回し始めた丁度その頃、訪問者を告げる呼び鈴が鳴った。なにか宅配を頼んでいただろうかって首を傾げつつ、モニターの確認に向かう暢気な背中に無慈悲な現実がふりかかるまであと少し。忍び寄る崩壊の足音にはまだ、ちぃとも気付いていなかった。)

直接お礼、言いたかったの。 となりを助けてくれて、ありがとう。(家入硝子より近嵐隣の容態を聞かされてから、幾許かの刻が流れた。漸う面会謝絶が解かれるとの連絡が入り、少しの緊張とともに彼の病室へ向かって歩いていると、偶然か必然か、彼の命を繋ぎ止めてくれた新田新とばったり鉢合わせた。複雑そうに眼差しを逸らされたのは、彼の容態を知っているからなのだろう。それでも構わずもう一度笑顔でありがとうを伝えたなら、いよいよ彼の病室の前に立つ。扉に手を掛ける寸前、ふと伸べた指先の震えに気付いてしまったならてのひらを握りこんで細指を抱き締めた。だいじょうぶ。言い聞かせるように反芻する。“はじめまして”をもらう覚悟も、告げる覚悟も、家入に容態を聞かされたあの瞬間から既に。お見舞いの花束を抱えなおして、ひとつ深呼吸。よし。今度こそ意を決して指を掛け、ガラッと病室の扉を開いた。──真っ白な病室のなか、変わらない笑顔がそこに在る。頭に巻かれた痛々しい包帯に眼差しが奪われそうになるけれど、鮮烈な紅が視界に飛び込めば一度だけ俯いて、震えそうになった唇をぐっと噛んだ。かおばせをあげた時、ちゃんと笑っていられるように。)そう、はくあ。乙無白亜。 生きてさえいれば、記憶だって、きっとどうにかなるよ。(昔日の出逢いを彷彿とさせる遣り取りが愛しき憶い出を鮮やかに蘇らせるから、眦をさげて紡ぐのはいつか彼からもらった受け売りだ。お見舞いにと持ってきた淡紅のスターチスを窓辺に置かれた花瓶に活ける。蒼穹のもと陽に透かすと硝子のように光を吸収し淡く色付くむすめの紅色は、ともすれば活けた花の花弁と似た色をしていた。鞄から祈りを綴った寒色の折り鶴を取り出して花瓶の横に羽ばたかせながら、ページを捲る音を聴けば「いいよ」ってかろく笑って、なにから話そうかと考えながらベッドサイドの椅子に座った。 あなたが憶えていなくてもわたしが憶えている。だから白紙のページに何度だって色を塗ろう。記憶がなくなっても、あなたが歩んだ軌跡は消えたりしない。ムートンブーツも、天使のオルゴールも、うさぎのぬいぐるみも、四つ葉のクローバーも、祈りが綴られた折り鶴も。今ここに居る乙無白亜だってそう、あなたが歩んだ軌跡のひとつなのだから。)


(記録:2018年11月20日。乙無白亜、大学を中退後、昼夜置かずダブルワークを開始。2018年11月27日正午。リビングで倒れているところを家入硝子に派遣された新田明が発見。過労の診断が下されるも、仕事は現今継続中。)

──……、……。(薄暗い部屋に足を踏み入れるなり明かりもつけず、幽鬼のような足取りで寝室へと辿り着くなり上着も脱がずベッドに倒れ込んだ。時刻は草木も眠る丑三つ時。掛け持ちの仕事はいずれも週に2回の休みを取っているとはいえ、そのどちらも彼の見舞いやら生活必需品の買い物に充てるため休まる暇はない。もとから身体が弱かったとは言え、たかだか一週間続けただけで過労と高熱に倒れた日には家入に苦言を呈されもしたけれど、無謀はもとより承知の上。だって無理をおしてでも仕事を掛け持ちしなければ、戸籍も学歴もなきに等しきむすめがこの部屋を借り続けながら生活を続けるだけの給金は稼げなかった。加護を離れて社会に飛び出してからというもの、容貌を見世物のようにされることも、過度な日除け対策を揶揄されることも少なくなくて、如何に自分が恵まれた環境で育ったのか知った。もぞりと手を動かして、上着のポケットからスマホを取り出す。タップして開いたメッセージ画面は10月31日で刻が止まったまま、高校の友達も、大学の友達も、渋谷に行くのだと言ったきり連絡がつかない状態が続いている。ひとりだった。)  かお、あらわなきゃ。(思い出したように呟いて、これ以上深いところに沈んでしまわないようにゆっくり起き上がる。暗闇に慣れた眼は明かりを必要とせず、重たい上着をハンガーに掛けてから髪をひとつに括った。黙々と眠るための準備を進めていくなか、ふと天使のオルゴールが視界の端に入ってしまえば懐かしさに手が止まる。そういえば最近聴いてなかったなって、なんの気なしにネジを巻いてしまったのがいけなかった。流れる懐かしい旋律が昔日の憶い出を連れてくる。わたしを知っている彼の笑顔が蘇る。 となりに頭を撫でられるのが好き。髪をぐしゃぐしゃにされたって、指先から伝わるぬくもりが愛おしさを伝えてくれるから。となりの手が好き。大きくて、傷だらけで、ちょっぴり不器用だけれど、世界で一番優しい手なんだって知ってる。となりの眼が好き。蒼穹を切り取ったみたいな澄んだ色は、見つめられると吸い込まれそうなくらい綺麗なの。となりに名前を呼ばれるのが好き。白亜って名前を呼ばれるだけで、心がほわほわ、あったかくなる。となりの体温が好き。ぎゅって抱き締められるとあったかくて、心臓の音が聞こえて、泣きたくなるくらい満たされるの。となりの笑い声が好き。明朗に響く元気な声にどれだけのひとが励まされてきたのか、わたしは知っている。となりの笑顔が好き。不安も恐怖もぜんぶ吹き飛ばしてくれる太陽みたいな眩しい笑顔がだいすき。だいすき。だいすき。今も。)となり、(ぎゅって手を握ってほしい。まっすぐ見つめて、白亜って名前を呼んでほしい。あたたかいその腕で抱き締めてほしい。当たり前の日常に在る些細な出来事にしあわせだねって一緒に笑って、それで 、)……わたし、こんなに我儘、だった。(望まなくてもいつも彼が惜しみなくくれていたものだったから、全然気が付かなかった。自分がどれだけ彼に愛されていたのかも。吸い込む呼気が淡と震える。枕元で見守ってくれているうさぎのぬいぐるみを引き寄せて、強く強く腕の中に閉じ込めた。夜のしじまにとけるあえかな嗚咽を包むように、オルゴールの旋律が薄闇にやさしく響く。零れ落ちる弱音は全部暗闇の中に置いていって、また明日から笑えるように頑張ろう。歩いていこう。今まで彼に守られていた分、今度は私が彼を守るために生きていくんだ。それがわたしの、星に願った最初の我儘なのだから。)

はい、ありがとうございます。なるべく早く、行けるように──…えと、お礼?も、今度、ちゃんとします、ね。(ひんやり冷たいスマホを耳にあてながら、イルミネーション輝く並木道をひとり歩いていた。バイト先の居酒屋に仕事の時間に少し遅れる旨を連絡し、店長にはうまいこと伝えておくからお礼もよろしくねと返る先輩の声に感謝を伝えて通話を切る。相変わらず仕事に追われる毎日だけれど、続ける内に周囲の理解も得られたお陰か今ではすっかり慣れたものだった。2018年12月25日。季節は師走へと移り変わり、クリスマス当日。彼に贈るプレゼントはさんざん悩んだ結果過日食べさせてあげられなかったハンバーグにしようと思い至り、担当医師の家入硝子に相談して、今し方病院へ届け終わったところだった。彼へのプレゼントと称して家入に手渡した紙袋には、コンソメスープにポテトサラダ、それからチーズをたくさんいれたハンバーグを詰めたタッパーと、メリークリスマスのカードを下げた寒色の折り鶴も添えて。盛り付けとご飯は病院側で用意してくれるとの言葉に甘えた。今日は仕事もあるからと内緒のプレゼントを託したあとは彼のかおばせを見ることもなく帰ってしまったけれど、今頃はリハビリに励んでいる頃だろうか。そういえばクリスマスは彼が任務で居ないことのほうが多かったっけと思い返せば、なんだかいつもと逆になっちゃったなって自販機のボタンを押しながら寒色のニットマフラーに口許を埋めて笑った。早いもので、彼と出逢ってからもう5年もの月日が流れていた。)変わらない、なぁ。(そびえ立つ大きなもみの木を彩るイルミネーション。青白黄色、順繰りに輝く光はやっぱりお星さまみたいにきらきら綺麗に紅玉に映るから、感嘆の吐息が白くけぶった。この光景だけは、きっとどれほど歳月を重ねても色褪せないのだろう。購入したコーンスープの缶で指先をあたためながら、思い出の地に立っている。)メリークリスマス、となり。(プレゼント、喜んでくれるといいな。来年のクリスマスは、一緒に過ごせたらいいな。てっぺんでいっとう輝くお星さまを仰いで想いを馳せる。ぴかぴか閑かに瞬きを繰り返していた星がひとつ、流れて消えた。)

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