阿閉託夢〆 ♦ 2021/02/17(Wed) 00:49[102]
……一期ちゃんと出逢えて、よかった。一期ちゃんを助けられて、よかった。……ありがとう。おれはきみから、たくさんの……いや、数えきれないくらいのものを、もらった。(その言葉は、思考を巡らさずとも、自然と口からこぼれ落ちた。――きっと、彼女にとっては突然の事だっただろう。両手を伸ばして、厭われなければ、彼女を抱き寄せて。強く強く、痛いと言われても気にしないくらいに、彼女を抱きしめた。ありがとう。大好きだ。ずっと幸せに。言葉では表しきれないたくさんの想いは、術式を使えば伝えられない事もないのだけれど。そんな野暮な事は、やめておこう。帰ってきたら、自らの言葉で、声で、伝えよう。預かってもらってた背広とカバンを受け取りにきたよ、と、なんでもないようなふりをして、梵家に帰ろう。“そしたら”の続きは、荷物を預けただけで十分伝わったかもしれないけれど、)……「おかえり」って言って。(少しだけ、甘えてしまおう。これも一種の“縛り”、そして呪いだ。彼女のもとへ帰る事。梵家に「ただいま」と言って戻る事。それを、自分に課した。そして、そっと、抱きしめていた両腕を離す。)――あと……また、買い物行こう。お互いの服選んで、プリクラ撮って、UFOキャッチャーしよう。ジェットコースター乗って、クレープ食べて、海にも行って、プールも行って、ああ、海外にも行きたいな。おれ、行ったことない。一期ちゃんのキャンパス見学に行って、友達ちゃんと紹介してもらって……(ひとつだけのつもりが、言い始めてしまえばきりがなかった。彼女のもとに帰りたい。一緒にしたい事が、まだまだあった。叶うなら、未来を共に過ごしたい。願望を言い出したら、いつまでも出発できなさそうだから。笑って、敬礼の真似事をした。)……とりあえず、ちゃちゃっと片づけてくる。待ってて。(笑顔で、大きく手を振って、車に乗り込んだ。ドアを閉じて、車が走り出しても。見えなくなるまで、手を振り続けていた。)
……あ、「叡傑」と「蠱惑」、持ってきてもらったのはいいけど、術式用の呪具がない……(そうぼやくと、運転する補助監督から「用意しておきました」と、針状の呪具が大量に入ったベルトポーチを渡され、大いに笑った。)準備よすぎじゃないですか。――高専の制服って、スタンダードなデザインだと、ななめボタンになってるじゃないですか。でもおれは、術式使うのにコレをすぐ出せるようにしておく必要があったから、前開きにするしかなくて。おれも、みんなとお揃いのななめボタンがいいなって、あのころ、思ってたんですよね。
(19:32:渋谷、文化村通りに到着。五条悟が到着するまで“帳”の外側で待機という指示を無視し、一般人を閉じ込める“帳”の中へ。梵一期の友人、二人を発見。二人を中心に、呪霊の侵入を防ぐ半径10メートルの嘱託式の“帳”を降ろす。)
――きみたちを、助けにきたよ。できるだけ大勢のひとを助けるつもりだけど、まずは、きみたちふたり。おれの大切なひとの、大切なひとだから。すぐここから出られるようにするから、待ってて。ぜったいに、助けるから。大丈夫。
(20:55:東京メトロ副都心線明治神宮前駅2番出口近く。冥冥1級術師、その弟・憂憂、高専1年・虎杖悠仁と合流。副都心線ホームを中心に張られた、術師の侵入を阻む“帳”を上げるため、呪詛師と戦闘。祓除後、五条悟の封印、そして地下5階から動かせない事を知る。)
――五条先生がいなくなったら、おれなんか即死刑じゃん。おれが招集されたのも、総監部の思惑? ……まあ、そんなことより、先生がいなくなったら日本が終わるか。先生、ぜったい助けるよ。だって、先生はおれを助けてくれたから。……虎杖くん、きみもそうでしょ?
(21:27:七海1級術師、猪野2級術師、高専1年・伏黒恵と合流。七海、猪野・伏黒・虎杖組とはそれぞれ別れ、以降、単独行動。術師の侵入を妨害する“帳”を降ろしていると思われる、呪詛師と戦闘。祓除。)
――ッハハハ!!ザコ呪詛師がオレに勝てると思ってんじゃねぇぞ!!オレは呪詛師の名家、“阿閉”の血を引いてんだよ!!こちとら平安から呪詛師の血が流れてんだ、五条先生が封印されたからって調子に乗ってるようなザコが敵うと思うんじゃねぇぞ!!格の違いを思い知らせてやる!!さっさと無様に死ね!!
(22:10:渋谷駅中心地へ。改造人間を祓除しつつ、己の降ろした“帳”を目印に、梵一期の友人二人を発見。一時、渋谷を離脱し、二人を安全な場所まで運ぶ。すぐに渋谷へと舞い戻り、改造人間の祓除に取りかかる。同時に、術式を駆使して無事な一般人を操り、渋谷から離れさせる。)
――あー……こういう使い方すると、不安とか恐怖がオレに入ってくんのか……えぐ……いや、コレをその辺の呪霊に注入すればいいんじゃん。オレ天才!!ッハハ!!
(22:31:渋谷駅構内にて、未登録特級呪霊・漏瑚と接触。右半身に大火傷を負い、右腕、右足が使い物にならなくなる。)
(23:10:宿儺による領域展開の効果範囲は逃れる。)
(23:15:未登録の特級呪霊と遭遇。戦闘。)
――おれはさ、呪詛師の血が流れてるから。領域展開はできないんだ。……いや、もっともっと、死ぬほど努力すれば使えるようになれたのかな。でも、呪詛師って、呪霊を相手にするんじゃなくて、人間を殺す職業だから。領域なんか必要ないでしょ。……それに、術式も弱い。阿閉家相伝の術式、掠気呪法は、基本の使い方は相手の敵意や殺意を奪い取って、自分を鼓舞する。対呪霊じゃない、対人間に特化した術式。だから、高専に入って、おれはがんばったよ。身体能力も鍛えた、呪力を使った肉体強化も覚えた。でも、限界っていうのはあってさ。――だから、おれは自分に“縛り”をかけた。永遠に、罪の意識に苛まれ続けること。苦しみ続けること。決して解放はされないこと。あの子がさ、どんなに優しい言葉をかけてくれても、この“縛り”からは逃れられないんだ。……なあ、でもさ。この“縛り”は、きっとこの時のために作ったんだ。できるだけ多くのひとを救うため。呪霊と呪詛師をぶっ殺すため。おまえを祓うため。――さあ、呪い合おうぜ。呪霊と呪詛師どもから掠めとった敵意と殺意と、一般人どもから抜いてやった不安と恐怖と――……それに、おまえの全部を奪ってやるよ。――掠気呪法、「偸盗戒」――……
(23:32:首都高速3号渋谷線・渋谷料金所。)
……すいま、せ、……「叡傑」も「蠱惑」も、どっ、か……置い、てき……、……あとで、……ちゃん、と……さが、す…………あの、……こ、れ、……あの、子、に、――……
(差し出したのは、ゴールドの細いチェーンに、ティアドロップ型のごく小さな三つのダイヤ、そしてそれより少し大きめの紅いルビーひとつが等間隔にぶら下がったブレスレット。家入硝子の反転術式は、間に合わなかった。倒れたその体は焼け爛れ、首筋には幾本もの呪具が刺さって、右腕は千切れ、体の至る所に深い傷を負い血が流れ内臓がはみ出し、原型を留めていなかった。)
(夢をみる。「――ただいま」、そう言って、きみの家に、きみのもとに帰る夢。おれはこんな姿になっちゃったけど、それでもきっと、きみは気づいてくれるだろう。そして、笑顔で迎えてくれるんだろう。友達、ちゃんと助けたよ。たくさんのひと、助けたよ。そう報告しよう。きみのお父さんにまず謝って。きみにさみしい思いをさせたぶん、ちゃんと自分を見つけてきましたって言って。それから、頭を下げようか。おれを、梵託夢にしてください、なんて。きみにも、お詫びとお礼をしないといけない。いったい、なにをプレゼントすれば、どれだけのものを贈れば、贖罪になるのだろう。ああ、あの日きみが作ってくれた、チーズケーキがまた食べたい。ごほうびに、焼いてくれる? おれ、がんばったんだ。こんなことで帳消しになるとは思っていないけど、全員は助けられなかったけど、五条先生も助けられなかったけど、でも、がんばったんだ。ねえ、ほめてくれる? おれを抱きしめてくれる? おれを、家族にしてくれる? ――でもね、なんにもしてくれなくてもいいんだ。きみに逢えただけで、おれは、幸せだった。ヒーローにはなれなくても、おれは、きみのおかげで、幸せだった。)