阿閉託夢〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 18:25[83]
(伸ばした手が、拒まれなかった事が救いだった。術式を使っている最中の記憶がなくなるわけじゃない。己に向けられた表情も、言葉も、すべて覚えている。すべてを忘れずにいよう、と強く思った。)……はは。術式使うときは、いつもこんなんだよ。……ああ、でも、向こう見ずにはなるかも。今日だって、五条先生がいなかったらおれが特級に向かってた。(五条悟が相対していなかったら、特級呪霊には敵わないとわかっていながらなお向かっていただろう。救わなければならない彼女に怖い思いをさせていた事に、眉を下げて、「……ごめん」と呟くように謝罪した。――きみの事を救えたのだから、後悔なんてするはずがない。はっきり、そう言えたならよかった。彼女が抱きしめてくれるなら、すとん、と地面に尻餅をついて。こちらからも、いや、彼女より強い力で抱きしめ返そう。この重さが、ぬくもりが、声が、失われていたかもしれないと想像すると目の前が真っ暗になるようだった。)――……生まれてからずっと、一分一秒ごとに後悔してるし、……これからもきっと、いろんなことで後悔するんだろうけど、……今日、ここで、そよぎちゃんを助けられたことだけは後悔しない。(それが、男にとって、精一杯の前向きな言葉だった。術式を使わなければ助けられたかもしれない生存者の事も、早く駆けつけていれば救えたかもしれない彼女の母親の事も、きっとずっと後悔し続ける。けれど、彼女がいまここでこうして無事である事だけは、何年経っても、後悔する事はありえない。「……ありがとう」という言葉は、すべてに対してだった。)…………呪術師の平均寿命って、どれくらいなんだろ。今度、五条先生に……いや、夜蛾学長に訊いてみようかな。……そよぎちゃんには、いっぱい幸せな思いして、楽しいこと経験して、飽きるまで長生きしてほしいし、……無理ゲーじゃない?(高専に在籍していれば、呪術師の訃報を耳にする事など日常茶飯事だった。等級が低ければ、すなわち実力がなければその分危険に晒されるし、等級が上がれば任務の難易度も上がり命が危うくなる。どんな任務が来ても、どんな呪霊と対峙する事になっても負けない、強くなる――とは、言えなかった。けれど、彼女の小指に己の小指を絡ませて。)――努力はする。(と、力なく笑っておこう。過去がどんなものでも、未来に何が待ち受けていようとも、彼女を、梵一期という少女を助けたという事実だけは変わらない。それはきっと、暗く長い道をともしびのように照らしてくれるだろう。――きみに出逢えてよかった。どうかきみがこれから歩む道が、光と幸いに満ちていますように。実力のない、ろくでもない呪術師にも、それくらい祈る事はゆるされるだろう。)