治葛静音〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 01:44[74]
(彼の紡ぐ言葉が、やけに鮮明に聴こえる。術式。彼が戦うための武器。それをここまで鋭く研ぐまでに、どれ程の時間と経験と痛みを積み上げてきたのだろう。外傷が理由ではなく痛む胸のあたりをぎゅうと両手で押さえながら、浮かび上がった彼の姿を真っ直ぐと見据える。呪霊の体はこちらを向いているというのに、ひどく安心してしまう理由は明白だ。彼がいる。最強の肩書など何一つ必要なく、治葛にとっての一番のヒーローは今この瞬間だって当たり前に彼だった。硬く閉じていた瞳は、けれど術式の発動を悟れば条件反射のように開かれる。瞬間、鮮烈な光が呪霊を貫いた。一筋の光が描く真っ直ぐな軌道は、確かな勝利の証だったろう。黒く霧散する塵に安堵の溜息を零しそうになって、けれどすぐに弾けるように立ち上がり塵を掻き分け彼へと駆け寄った。伏した体を抱き起し、両腕でその上体を強く強く抱き締める。)さっき、『摩利支天』はもう使えそうにないって言ってたのに、~~ッばかあっ、ごめん、 ばか、ばか、……ありがとお……っ守ってくれて、助けてくれて、ありがとう……っ(ぼろぼろ涙を零しながら、何度も何度も嗚咽の合間に言葉を紡ぐ。外傷は勿論、何より心配なのは彼の目だった。どうかその目が光を失わないようにと、殆ど祈り縋るような気持ちで綴じた瞼に涙で濡れた唇を寄せた。教祖様は勿論、誰にも祈ったことのない女が初めて捧げた祈りだ。)あたし、まだ蓮に言いたいこと、全然言えてないの……っ。(ごめんねも、ありがとうも、どれだけ伝えたってまだ足りない。胸の内に溢れて喉奥が詰まりそうな程の情操全てを彼に伝えたいと思うのに、意識が霞む。体が揺れる。極度の緊張に晒されていた体は自覚以上に張り詰めていたらしく、呪霊が周囲から見えなくなった状況を悟るや否や糸がぷつんと切れてしまったように彼を抱きしめたまま倒れた。二人揃って床に倒れるような図になるが、――遠くから足音が聞こえる。人の足音だ。きっとすぐそこまで助けが来ているのだろうと次第に不鮮明になる意識の中で判断して、力なく笑った。)蓮、もう大丈夫よね……。家入先生に治してもらおう、それから、(――聞いて欲しいことがあるの、と。紡ごうとした言葉は、途切れた意識に飲まれて消えた。意識が完全に途絶えるその直前に、彼の右手に自分のてのひらを重ね合わせる。この手だけは、何があっても離したくないと強く願った。たった一つの、何より愛しい縁だ。そこまでが、2014年1月24日、最後の記憶だった。)