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【5】(真赭に染まるな。)

治葛静音 ♦ 2021/01/29(Fri) 18:34[61]

なんで、なんでなんでなんで……ッ!(また助けてもらえるのだから大丈夫だと、短絡的希望は豹変した少女の手によってかくも容易く瓦解した。目の前で、信徒のひとりの腕が肩ごと飛んだ。それを皮切りに視界が紅に染まるのに然程時間は要さず、 これが復活の日なのだと、靄のかかった頭で理解する。眼前に叩きつけられた現実はあまりに鮮烈で、呆然と佇んでいた両脚が漸く動いたのはこの身にも少女の刃が向けられてからだった。腕に走る裂傷、鋭い痛みに弾かれるようにして逃け出した。脳と切り離されたみたいに感覚のなくなった両脚は、それでも外を求めて駆けて行く。心臓が過重労働を訴え鈍痛に喘いでも走って、走って、)いっ、(──何かに躓き転んだのは、もうあと少しで家屋の外に飛び出せそうというその直前のこと。何に躓いたのかと振り返り、そこで言葉を失う。既に事切れた死体。今気が付いた、ここに至る道中だって、幾つもの死体が点在していることに。)…ッ!(声が出ない。噎せ返る鉄錆の悪臭に込み上げる胃液を堪えようと両手で口元を覆った。恐怖を自覚した途端、肩が震えて奥歯が音を鳴らす。立ち止まった身は格好の餌食となったか、腕に再び裂傷が増える。裂けたシャツワンピースの袖が、瞬く間に白から赤に染まりゆく。)い、ったあ……!(この場所には、呪いが存在しているというのはただの知識だ。争う術すらない。けれど魍魎跋扈しているだろう何かから逃げようと、転がる死体から必死に目を反らした。もう、来ない誰かを待つだけは嫌だった。痛みを感じる体はまだ生きている証だ。まだ進める。斯様に無様な振る舞いを誰に見せたとて、出口を求めて地面を這うようにして進んでいく。光を求めて。)

立花蓮 ♦ 2021/01/31(Sun) 00:17[63]

なんで行かせたッ!!!(怒号。激しい感情の発露は目的地へ向かう前、任務の内容を聞かされた時。分かっている、五条悟さえ預かり知らぬことだったのだと。露見していれば、絶対、行かせたりしなかった。ぎりと奥歯をすり減らして向かった先は、まさに地獄の様相。いまさら巻かれる尻尾はない。ゆらめくように男の体が周囲に溶け込んだ。死臭漂う現場で、それでも奥へ奥へと突き進むのは、中に助けたい人がいるからだ。そうでなかったら、絶対、こんなところ。)――焼け焦げろ。(チュイン。レーザーが照射されるような音とともに、長い廊下に蔓延っていた呪霊が軒並み塵と化した。それでも奥から脇から、次々に溢れてくる。切りがない。チッと舌を打つ。今のが二度目の『摩利支天』だ、息なんかとっくに上がっていた。出し惜しみ出来るならそうしている、周囲に転がっている死体を”人”と扱っている余裕すらない。ただの障害物だ。躓かないようにだけ気を付けて、奥へ、奥へ。奮い立たせた足がとある角を曲がろうとした時、逆の方から声がした。振り返って耳を澄ませることすらせず、足首だけで勢いを殺して方向転換。少し先の別の曲がり角、その先に見覚えのある亜麻色の髪が目に入ったなら、)伏せろッ!(リンゴ大の光球を手のひらで練り上げて、彼女を襲う呪霊へ勢いよく投げ飛ばす。無事に彼女が伏せてくれているなら、呪霊の爆ぜる音が鼓膜に響くのみだろう。目で見ていたら眼球ごと灼けている。塵となった呪霊には目もくれず彼女の元へ駆け寄って、その肩を抱いた。『浄玻璃』を解除する。)生きてるね。これ付けて。(端的な物言いは非情にも聞こえるだろうか。進入時から既に装着していたゴーグルを外して彼女の頭に潜らせる。装着自体は彼女に任せて、男は懐から簡易的な救急セットを取り出した。ワンピースの袖を破り取って、消毒液を吹きかける。)ここから出られれば大抵の傷は治るから、我慢ね。(言いながら、適当に包帯でぐるぐる巻きにした。)今から言うルート、完璧に覚えて。じゃないと、僕も君も死ぬよ。出来る?(救急セットを再びしまいながら、荒れた呼吸と真っ直ぐな視線で切迫を如実に語る。)

治葛静音 ♦ 2021/01/31(Sun) 03:26[64]

(体に刻まれた傷が幾つあるかは分からない。擦り傷だって切り傷だって、たくさん。麻痺した脳が、痛みを認知せずにいてくれることが救いだった。込み上げた胃液の酸味を必死に喉奥へと押し込めて進もうとするのと、背後から声が聞こえてくるのは殆ど同時。)―――ッ!(誰より一番信頼できるその声に、考えるよりも先に半ば倒れるようにして床に伏した。何が起きたかは分からない、だけど彼が“また”助けてくれたことだけは明白で、駆け寄る姿が目に映れば窮地のど真ん中であるのに深い安堵が胸の奥に積もるのは当然のこと。抱き寄せられて感じる温もりに一気に不安と恐怖が押し寄せてきて泣きたくなるけれど、無様な落涙を晒せるような状況でないことだって理解している。言われるがままにゴーグルを装着して、消毒液のせいで刺されるような痛みを覚えて顔を顰め、けれどその痛みに思考が幾分鮮明さを取り戻せば漸く彼の顔を正面から見据えることが出来た。)うん、っ、うん、我慢なんて余裕!こんな傷ちっとも痛くないわ! ――……っ、出来る、大丈夫。(向けられた言葉に対して、端的な返事を返すだけで精一杯。平素とはがらりと様相を変えた彼の雰囲気が、危機的状況を嫌という程教えてくれる。彼の言葉に大きく一度頷いて、けれどそこで慌てて問うた。)覚えて、って……。まさかくろ太郎、あたし一人にしないわよね? このまま一緒に、外に出てくれるのよね…?(ぎゅうと彼の袖を握り締めながら投擲する疑問符は、自身の命を案じてのものではない。まさか一人でこのまま危地に突っ込んで行きやしないかと、微かな不安が脳裏を過ぎったからだった。)

立花蓮 ♦ 2021/01/31(Sun) 04:02[65]

(消毒の痛みは気付にもなる。その作用はしっかり彼女にも機能したようで、いらぬ現実も突きつけるかもしれないけれど。ひとまず、こちらを認識してくれたことに安堵する。先程も無事に伏せてくれて助かった。彼女がこちらを認識してすぐ『浄玻璃』を再び発動させれば、二人分の人影が傍目には消えてしまうだろう。夏でもないのに、陽炎ように。)いい子。(存外明瞭な返事を受け取れば、あからさまに表情を弛緩させるだろう。ぽんと軽く彼女の頭を叩いたあと、きゅっと顔を引き締めた。説明する口振りは、状況と焦燥による1.2倍速。)――僕らの任務は、“生き残り”の救出。奥で五条先生が戦ってるけど、任せといて大丈夫。(何せ“最強”だ。心配はしていない。ただ相手も特級だというし、下手に戦線に加われば足手纏いとなるだろう。縋るような彼女の指先をそっと解してゆく。指の一本一本に言い聞かせるように。)一緒に戻るよ。でも、道は覚えてもらわないと困る。(屋外へ出るだけならすぐそこだが、男の能力は直線的だ。広角には対応が難しい。だがそれを一から説明している暇はない。屋内を進んでもらいたいのが本音だった。無論、それ以外にも理由はあるけれど。「僕が今来た方へ行って……」と、順に曲がり角の方向と数を説明する。その後、ゴーグルを付けていた位置の米神を指でとんとんと叩きながら、)そのゴーグルなら呪霊が見えると思う。怖いかもしれないけど、見えないやつに攻撃されるより、状況が分かる手立てがあった方がいい。――他に何か質問は?

治葛静音 ♦ 2021/02/01(Mon) 00:14[66]

(彼の術式を見るのは、これが二度目。相変わらずどのような原理で発動しているのかなどちぃとも分からないけれど、それでも大丈夫だと信じられるのは相手が彼だからだ。向けられた称賛にも軽く頭を叩く仕草にも、真に安堵するのはまだ後だ。平素よりもずっと強張った顔つきで、彼の言葉をひとつも取り零さないように必死だった。なんせひとつの過ちが死に繋がるのだろうという状況だ。自分のために、彼のために。全てを頭に叩き込めば、また大きく頷いた。解かれた指をぎゅうと強く握り締める。彼が誰より信頼する相手が戦っていると言うのなら、自分達は脱出だけを考えるのが最善だろう。戻)……正直怖い、 すっごく怖い。呪霊なんてあたしはやっぱり分かんないけどっ、出来るなら見たくないけどっ、アンタだけに怖いの全部押し付けて守られるだけなのも嫌! 足手纏いにならないように頑張るわ!(これは質問ではなく、決意表明。ゴーグルを改めて装着し直したら、震える足はそれでも一歩を踏み出した。彼が来てくれたおかげで鮮明になった思考と視界は、先程よりもずっと明瞭に周囲の惨憺たる有様を認識する。幾つも点在する死体に込み上げる吐き気を喉奥へ何度も飲み込み直して、先程脳内に叩き込んだ道を彼の後を追従するような形で辿っていこうか。ひとつ、ふたつ、――みっつめの曲がり角へと進もうとしたところで、)ぁ、ッ(咄嗟に声が出そうになって、両手で口を覆った。視線の先には、床を這うようにして進む異形。背丈は自分達と同程度か、顔に四肢が生えるような姿をした化け物を見て、すぐに理解する。 呪霊だ。)

立花蓮 ♦ 2021/02/01(Mon) 04:11[67]

――よろしい。(決意は受け取った。深くひとつ頷いて、返す声も揶揄など一切ない真剣なそれ。怖くていい、怖がっていい。当たり前の感覚だ、それを失って欲しくはない。恐怖は危機管理が正常に働いている証拠でもある。あくまで今は非常事態、乗り切るための一時的な手段。既に彼女も怪我をしている、これ以上はもう何も負わせない。取りこぼすものを最小限に留める覚悟を男も決めた。先導する際には彼女の手を取っただろう、それこそ離さないと言わんばかりに強く。先ほどある程度倒したからか、それともあれらにも目的地があるのか、運良く出会すことのなかった呪霊は、しかし全く出会わぬというのも無理な話だったらしい。等級は二級程度だろうか。)下がって。(小さくも確かに告げた芯のある指示と同時に、彼女を匿うように一歩前へ躍り出たなら。息を吸って、吐いて、腕を前へ伸ばす。開いた両の手のひらの人差し指と中指を折り重ね、親指の先を合わせて出来る窓で照準を取る。)――『摩利支天』。(チュイン。男にはもう耳慣れたレーザー音が甲高く響いた瞬間、呪霊の顔なのか胴体なのか分からぬような部位を貫くだろう。こぶし大のトンネルが貫通した呪霊はそのまま塵と化すはず。周囲に少しだけ、肉が焦げたようなにおいが漂う。鉄錆のにおいと混ざって、あまり気分のいいものではない。)……ッ、はッ……は……。――もう、いない? 次、行くよ。(数度肩で息をして、唾を飲み込む。そうして彼女を振り返る男の顔は、少し俯き気味だったかもしれない。右手が、彼女の手を探すように左右を泳ぐ。無事に手を取れるだろうか。)

治葛静音 ♦ 2021/02/01(Mon) 17:53[68]

(彼に手を引いてもらうのは、もうこれが何度目か分からない。初めて出会った時も、外に出かけた日も、迎えに来てと縋った時だって。そのたびに救われた心地になっていたのだと、今改めて思い知る。宛ら地獄を進む中、一度立ち止まれば両脚が恐怖で縫い止められてしまいそうな心地を覚えるけれど、それでも進めるのは彼がこの手を引いてくれているからだ。ぎゅうと強く繋いだ手に力を込めて、その背中だけを見ながら前へと進む。けれど当然容易く脱出とは叶わず、目の前に現れた呪霊に息を飲んだ。)ッ、くろ太郎、大丈夫!?(下がってと促され、その通りにしたのは殆ど反射だ。怯えることしか出来ない己の前に出て、瞬く間に呪霊を祓う彼の姿。やっぱりアンタ凄いんじゃないと軽口を叩きそうになったのも一瞬で、こちらを振り返るその姿を見て半ば叫ぶように問いかけた。色濃く滲む疲弊と、宙を彷徨う手。考えるよりも先に、強く両手でその手を握り締めていた。此処にいるよと、伝えるみたいに。心臓がばくばくうるさく脈打つ音が、やけにリアルに耳奥で響く。)…もしかして、術式使うのって、しんどいの!?ねえ、ちゃんと目見えてる!?〜〜これっ、アンタに必要なやつじゃないの!?(これ、と。右手で彼の手を握り締めたまま、左手でゴーグルを指す。渇いてひりつく喉から、絞り出すように言葉を紡いだ。)……あたし、どうしたらいい? 何が出来る!?(問いかけながら考える。考えろ。思考を止めるな。足手纏いになりたくなくて必死だった。嫌われないようになんて理由じゃなくて、彼と一緒に生きるために。)

立花蓮 ♦ 2021/02/03(Wed) 01:31[69]

(――幼い頃の立花の目は、黒曜石のように黒かった。5歳の頃、初めて生得術式の存在を知った時、出力を誤ったのだ。光の性質など全く知らぬ子どもの、純粋な好奇心によるものだった。反転術式が施されたこともあり幸いにして失明は免れ、以後から遮光ゴーグルを手放したことはない。事故後すぐ、母が持たせたものだった。)……っ、(強く握られた感触で、手と手が繋がったことを知る。見えてはいるのだ、一応。ひどく霞んで、輪郭が朧なだけで。目の奥が灼けるように熱い。なんと答えたものかと逡巡する間に重ねられた問には、目を見開いた。先ほどよりもはっきり彼女を振り返り、顔と思しき箇所をみる。目を合わせるどころか表情すら読み取れなかったけど、その分耳から得る情報が強調されるような感覚。必死な音だった。腹の据わった、覚悟ある響き。)――頼もしいじゃん。(痛みと疲労に顔を歪ませながらも、持ち上がる口角は純粋な喜びによって。生きる覚悟が、絶望しない強さが嬉しかった。ぎゅっと、手を握り返そう。体も正面に向き直る。まだ、それくらいは見える。)『摩利支天』――今のビームはたぶんもう使えない。出来るのは、もう直接光の玉をぶつけるくらい。それも出来るだけ節約したい。道、覚えてるよね。ごめん、ゆっくり進んで。足元、もう見えないから。(今の視力では曲がり角の視認も難しい。死体が転がる血の海も、赤い床でしかなかった。)……僕の目になって。静音。(それは、弱気で助けを求める声ではなかった。確かな信頼を寄せた、真っ直ぐで静かな音。)

治葛静音 ♦ 2021/02/04(Thu) 13:21[70]

(重ならない視線。彼の身に何が起きているか、把握するには十分だ。今彼が負う傷の一端が己に起因するものでもあるのだと思えば息が苦しくなるし涙腺が熱を持つけれど、後悔は後ですると決めた。自分のせいだと嘆くより、彼が擲つ対価見合う道を選びたい。握り返された手に。更に力を込めた。触覚に訴える。)〜〜ッ、ばか、足元も見えないって、何でそんなに頑張っちゃうのよ…!そういうタイプじゃ、ないって言ってたじゃん…! 任せて、絶対離さない、あたしが蓮の目になるっ…!(蓮、行こう。強く続けて、聴覚に訴える。手を引く誰かがいることで、強くいられると教えてくれたのは彼だ。少年が与えてくれたすべてに何かを返したいと願うのならば、覚悟の契機はきっとここ。一歩を踏み出す。先程彼が教えてくれた道順は、違わず脳裏に刻まれている。削ぎ落せない恐怖に開閉する臉のあいだに赤黒い床と転がる死体、それから床と天井を這う呪霊の姿を映しながらも進み続けた。ゆっくり、静かに。浄玻璃の効果は、まだ続いているのだろうか。周囲の低級呪霊がこちらに向かってくる気配がないのが救いだった。先程逃げて来た方向から、空気を震わす重音が断続的に響いてくる。)…五条先生がいるなら、大丈夫よね。蓮のことも助けてくれた人だもん。後で一緒に、お礼言いに行こうね。(小さな声で紡ぐ言葉は、少しでも恐怖を和らげたいという意味もあった。その間も廊下を進み続けて、曲がり角はあとひとつ。このまま、無事に外に出ることは叶うだろうか。)

立花蓮 ♦ 2021/02/05(Fri) 05:01[71]

――死ぬよりマシじゃん? 大丈夫、治るし。(そう言って笑う男の顔は、その場にそぐわぬほどの無邪気なそれ。相変わらず目は合っちゃいなかったけど。この場を脱することが今の最優先事項、それ以外は些事だ。己の気性さえ。実際のところは、反転術式が何処まで及ぶかわからない。強い語気に背中を押されて確かに安堵した胸を携えて、境など無いように握り込まれた互いの拳に信頼を明け渡す。離さない、離せない。頑張りどころはここなんだ。どんなに呪力の底が見えようと、『浄玻璃』の解除だけはするわけにはいかない。手を引かれるばかりの今、彼女を守るために出来る唯一のことだから。)……そうだね。あの人、最強だから。すぐ終わるよ。(俺と違って、と、呪いを吐くことだけはなんとか耐える。己の能力は、あれには遠く及ばない。多少強くなったって、攻撃の手段が増えたって、まだこの手は伸ばせる範囲しか守れないのが現実。何かを削ってそこに辿り着くのがやっと。取捨選択せざるを得ない指先が、いま守りたいそれと重なっている僥倖だけを必死で手繰り寄せた。お礼を言う気なんて更々ないから、そこだけはちょっとスルーしたけど。最後の曲がり角を曲がれば、補助監督の控える出口はもう目と鼻の先――)――ッ、!(いる。しかも、とびきりデカイのが。2mはあろうかという巨人の如きそれは、霞んだ視界しか持たぬ男の瞳孔でも視認できる存在感を放っている。幸いにして此方には気付いていないようだが、出口はその向こう側、廊下を渡り終えた先。幾ら姿を消せるとはいえ、巨躯の脇を通り抜けるのは至難だろう。此方が火傷しない程度の『火輪』で倒せるかも危うい。こんな時、最強だったらどうするのだろう。)……やるでしょ。(ぽつりと呟いた独り言は、無意識だった。危難に立たされる最強など想像がつくはずもなかったが、必死で考えた結果を実行に移そうとする男は、先ほどと同じように彼女の前へ躍り出て腕を構えようと――)

治葛静音 ♦ 2021/02/06(Sat) 01:46[72]

(嘘じゃないわよねと、思わず口に出しそうになってやめた。治るというのが事実であれ、虚勢であれ、彼がそう言うのだから信じるという選択肢しかない。彼が差し出してくれるものが、真実だ。場に相応しくない笑みに、喉の奥がきゅうと締まって息苦しさを訴える。早く、新鮮な空気を吸いたくて仕方がない。彼と一緒にもう一度、外の世界に出たかった。今まで手を引かれるばかりだった自分が、誰かの手を引いている。その事実に震える足を焚きつけて、息を殺して進んでいく。あとひとつ。もう少しで未来が見えそうだったのに、)ッ、! (殆ど彼と同時に、息を飲んだ。ゴーグル越しに見えたそれは、此処に至るまでに見えたどんな呪霊よりも重く苦しい雰囲気を纏っている。この一帯だけ、重力が増したみたいだ。)あとちょっとなのに……っ、ねえ蓮、(どうしよう、と。振り返ろうとしたところで彼の言葉を拾い上げて、呼吸が止まった心地がした。目の前に飛び出る、彼の姿。黒が視界を横切った。腕を構えようとするその一連の動作が、やけにゆっくり視界に映る。彼の肩越しに、呪霊と目が合った気がした。こちらに向かって振り上げられた腕。彼は今、呪霊の動きが見えているのだろうか。もう、『摩利支天』は使えないのだと言っていた。あの攻撃を避けて巨躯に立ち向かうことは出来るのだろうか――瞬きの合間に様々な考えが脳裏を駆け巡って、) ッ、アンタの相手はあたし! こっち見ろ馬鹿!(気が付けば、考えるよりも先に飛び出していた。今まで、見えないこの身は彼に守られてばかりだった。ならば見える今、出来ることがあるのなら。何だってしたいと強く願った。例えこの身を危険に晒しても、彼の目に、カに、なりたかった。彼を追い越すように飛び出して、殆ど転がるみたいに呪霊の背後へと回る。躓いて地に伏すが、それでも視線を目を誘導することが叶ったならば、きっと彼から見た呪霊の背中は丸裸の隙だらけの状態だ。攻撃は出来るだろうか、呪力はまだ残っている? この一瞬で、状況をひっくり返す助っ人が現れるかも、それとも――あらゆる可能性が脳裏に一瞬で浮かんで、その全てを振り払うように、)――蓮ッ!(名前を呼んだ。ぎゅうと目を硬く閉じる。暗く閉ざされた視界の裏で、それでも彼の姿だけが鮮明に翻る。)

立花蓮 ♦ 2021/02/07(Sun) 01:42[73]

(腕を構えた刹那のことだった。陽動を意図するような声が聞こえたのは。)何やっ――ッ!(何をやっているかなど明白だ、愚問だ。敵の攻撃が己に向いていたことが分からぬ男でも、彼女がなんのために声を張り上げているかが分からぬほど愚鈍ではない。だが、呪霊もとっさにどちらを危惧するべきか迷ったように思う。男には見えていないが、重鈍な動きで首を振り、最終的に距離の近い彼女を対処しようと動き出した。ゆっくりと此方に背を向けて、走り抜けた彼女へ向けて腕を振り下ろそうとしている。いや、彼女を狙っていなくとも。名を呼ばれた男のすることなどひとつだ。)『摩利支天』は自分の呪力と周囲の光を練り上げて光線にして放つ技。射程は約10m以内。直線にしか放てないのが難点で、同じように光を操って自由に屈折率を変える『浄玻璃』で姿を晦ましながら使うのがスタンダード。(声を出すと同時に男は自分の姿を浮かび上がらせるだろう。そうすることで更に意識を散漫とさせられればいい。続ける。)当然消費呪力が多ければ多いほど威力が上がる。ただ、一発の光線に練り上げるのに必要な呪力が多いから、そう何発も打てない。(四発も打つのは今日が初めてだ――とまでは言わなくていいだろう。相手が聞いているかすら定かでない。けれど、出せるものは全て出さねば道は開けない。)灼熱の光で消し炭になれ。(発動した『摩利支天』は、巨体を貫いてなお光の筋を描くだろう。目指していた出口の辺りで霧散するように計算するほうが骨が折れた。味方を巻き込んでは、元も子もない。)――っぐ、(断面黒く灼け焦げた呪霊が塵になるのと、目を開けていられぬ男が廊下に倒れ伏すのと、一体どちらが早かっただろう。眼球が干からびそうな熱さに目元を抑える余力すらない。)……も、……むり…………。(瞼を強く閉じている以外に体を動かせそうにない男が、情けなく呟いた。)

治葛静音〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 01:44[74]

(彼の紡ぐ言葉が、やけに鮮明に聴こえる。術式。彼が戦うための武器。それをここまで鋭く研ぐまでに、どれ程の時間と経験と痛みを積み上げてきたのだろう。外傷が理由ではなく痛む胸のあたりをぎゅうと両手で押さえながら、浮かび上がった彼の姿を真っ直ぐと見据える。呪霊の体はこちらを向いているというのに、ひどく安心してしまう理由は明白だ。彼がいる。最強の肩書など何一つ必要なく、治葛にとっての一番のヒーローは今この瞬間だって当たり前に彼だった。硬く閉じていた瞳は、けれど術式の発動を悟れば条件反射のように開かれる。瞬間、鮮烈な光が呪霊を貫いた。一筋の光が描く真っ直ぐな軌道は、確かな勝利の証だったろう。黒く霧散する塵に安堵の溜息を零しそうになって、けれどすぐに弾けるように立ち上がり塵を掻き分け彼へと駆け寄った。伏した体を抱き起し、両腕でその上体を強く強く抱き締める。)さっき、『摩利支天』はもう使えそうにないって言ってたのに、~~ッばかあっ、ごめん、 ばか、ばか、……ありがとお……っ守ってくれて、助けてくれて、ありがとう……っ(ぼろぼろ涙を零しながら、何度も何度も嗚咽の合間に言葉を紡ぐ。外傷は勿論、何より心配なのは彼の目だった。どうかその目が光を失わないようにと、殆ど祈り縋るような気持ちで綴じた瞼に涙で濡れた唇を寄せた。教祖様は勿論、誰にも祈ったことのない女が初めて捧げた祈りだ。)あたし、まだ蓮に言いたいこと、全然言えてないの……っ。(ごめんねも、ありがとうも、どれだけ伝えたってまだ足りない。胸の内に溢れて喉奥が詰まりそうな程の情操全てを彼に伝えたいと思うのに、意識が霞む。体が揺れる。極度の緊張に晒されていた体は自覚以上に張り詰めていたらしく、呪霊が周囲から見えなくなった状況を悟るや否や糸がぷつんと切れてしまったように彼を抱きしめたまま倒れた。二人揃って床に倒れるような図になるが、――遠くから足音が聞こえる。人の足音だ。きっとすぐそこまで助けが来ているのだろうと次第に不鮮明になる意識の中で判断して、力なく笑った。)蓮、もう大丈夫よね……。家入先生に治してもらおう、それから、(――聞いて欲しいことがあるの、と。紡ごうとした言葉は、途切れた意識に飲まれて消えた。意識が完全に途絶えるその直前に、彼の右手に自分のてのひらを重ね合わせる。この手だけは、何があっても離したくないと強く願った。たった一つの、何より愛しい縁だ。そこまでが、2014年1月24日、最後の記憶だった。)

立花蓮〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 23:46[75]

(『摩利支天』の光は、それと知っている人がみればすぐに立花蓮の術式だとわかるだろう。出口付近で不自然に霧散した光の束をみた補助監督も察しよく即座に駆けつけてくれるはず。彼らがやってくるまでの僅かな猶予、抱き起こしてくれる彼女の腕に少しだけ擦り寄るようにして甘えたい。)――僕も、自分がこんなに頑張れるのはじめて知った。…………悪くないね。(彼女が、自分のために泣いてくれている。もう目は開けられそうにないけれど、そこに感じた柔いぬくもりの正体がわからぬことが口惜しい。それでも嬉しそうに口元を緩ませて、彼女の頬を撫でたがる腕が持ち上げられるだろう。探るように揺れた手が、目的を達成出来るといい。言いたいこととはなんだろう、薄れゆく意識の中で漠然と問だけが頭の中で揺蕩う。自分と同じように倒れ伏す彼女の腕の中は、なぜだかひどく眠たい。あたたかいんだ。人も呪いも平等に燃やし焦がす光でなくて、もっとやさしい人肌の温度が心地良い。男の眉間の皺が少しだけ緩んだ頃――バタバタとこちらへ駆け寄る複数の足音が聞こえた。よかった、これで彼女はもう安全だ。「大丈夫よね」なんて都合のいい台詞が聞こえた気がして、力なく頷いたつもりだけれど、それが彼女に首肯として伝わったかは定かでない。なにせ、もう何もしたくない。あとのことは味方に任せて、眠ってしまおう。深い深い眠りの先で、目が覚めた時。彼女が笑ってくれたら、それが一番。重ねられた手のひらにだけ力を込めて、男は意識を手放すだろう。目が灼けているとは思えぬ穏やかさだったと、二人を救助した者らが口を揃えるほど満ち足りた顔をして。――男が限界まで力を使い果たした、最初の一回はこれで幕を下ろした。後日、虹彩の色を失った男の目を見たのは反転術式を持つ女性ただひとり。裸眼じゃ殆ど何も見えないほどだった内部の火傷を、なんとかおぼろげに輪郭を捉えることが出来る程度に回復させたのもその人だ。「らしくないことをしたね」とアンニュイに笑ってみせたその顔ばせから目をそらして、)ぜったい、助けるって決めたから。(照れくさそうな若人の決意を笑う大人との一幕はさて、他に誰も知らぬとよいけれど。)

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