治葛静音〆 ♦ 2021/01/13(Wed) 00:15[32]
(欲しいものが容易く手に入る時代は便利だ。指先ひとつで何でも手に入れられる特権は得たし、今日だってそう。欲望の赴くままに両手いっぱいぶんの買い物だって出来た。それだけでも十分満たされているのに、たった一つのキーホルダーがそうした希求を越えた喜びになるなど誰が予想していただろう。少なくとも、治葛はちぃとも予想していなかった。一日中ぐるぐる彼を連れ回すばかりだと思っていたから、自発的──とまで言うと図々しい気がする。なんせ殆どねだったようなものだ。けれど彼が自分で買ってくれたキーホルダーを、まるで宝物を扱うみたいにして両手で受け止めた。きらきら瞬きのたびに輝く双眸はずっとパンダに夢中だったから、彼の視線がどこに向けられているのかなど露知らず、「パンダの尻尾って白いの!?」 ──零した感想は無意識のもの。片割れが既に彼のポケットの中に仕舞われていることには気が付けたけれど、うっかり揶揄を投げそうになって慌てて口を噤んだ。例えば睡眠第一の枯れた嗜好を口にする時、覗く表情は存外年相応の少年の物だった。突っ込んじゃったらそういうとこも見れなくなるのかも?くろ太郎素直じゃなさそうだしな?なんて、浮かんだ感想を全部喉奥に飲み込んで、それを誤魔化すようにキーホルダーをボディバッグにつけた。白黒シンプル配色のマスコットが揺れるさまを見て、んふふと楽し気に笑う。)あのね、あとは可愛いマグカップとかも欲しい〜!あそこで使ってたやつ、地味なのばっかでつまんなかったの。くろ太郎選んでよ、ねっ!(はしゃぐ気持ちを伝えるように空いた片手で彼の手を引いて、ちっとも地理を知らない大都会に一歩踏み出す。彼がいるならなんて大それた理由を掲げるつもりはないけれど、それでも小さな信頼をまた寄せたのは事実だ。繋いだ手が、どこまでも連れて行ってくれる気がした。)