三須原弐那〆 ♦ 2021/02/10(Wed) 00:40[102]
――や、 ったぁ……!(ひそやかに噛み締める喜びひとつ、女子寮の一人の部屋に静かに響いた。高揚する気持ちは素直に頬を染め、続いて難しそうな顔へと移り変わっていく。スマートフォンを両手で握ったまま。ううんと唸りながらベッドに倒れていく。こんな日は散歩に出ることも多いが、今日は彼の卒業の日。なんとなく、彼がここに来てくれる気がしていたのだ。――ちょうど一年前、三須原弐那は高卒認定試験にめでたく合格した。学校に通い直すことこそなかったものの、ここ自体が学校でもあるから、さみしくはなかっただろう。あの日思い出した大切な人たちの記憶を抱えて、情緒も感情もゆっくりと育っていっている。年相応になるまではいつまでかかるかわからなくても、不思議と不安はなかった。だってこうしてゆっくりでも、必ずやってきてくれる人のぬくもりをもう知ってしまったから。)――はい。……今出ます、久百合さん。(たった2音の自分の名前。でも呼び方で、その色で、彼だとわかるから。ベッドから起き上がって躊躇いなく扉を開け放った女は、ふへらと子供のように表情を崩して。いくらか伸びた体で背伸びして、出会った頃の彼と同じくらいに伸びた髪を彼に摺り寄せる。顔が近づけばその分気恥ずかし気にはにかんだ。綺麗な菜の花色のワンピースは、彼と一緒に出掛けた時に選んだものだ。――見てくれだけは年相応に成長して。その実まだ幼い瞳が瞬いて彼を見る。そわ、っとする心の機敏を今なら少しくらい上手に言葉にできるけれど。でも、)……二人で一緒に生きていく。そうですよね、久百合さん。(困ったみたいに眉を下げながら、仕方なさげに笑うのだ。本当は行かないでと言いたいけれど、何よりも彼の痛みの色を知るものとして、そんなことは言えない。だからせめて、呪いをかけるなら、二人一緒の色にしよう。彼の手に自分の左手をそっと重ねて。右手はその髪に伸ばされた。)あなたはあなたと私のために。それなら私は、私とあなたのために。……いきましょう、久百合さん。どこまでだって。(――ベッドに置き去りにされたスマートフォンには、都内大学の合格通知が表示されている。そうして今日もまた、新たなまじないを無垢な声で告げるだろう。) やっぱり、久百合さんが一番綺麗です。