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(Life is what you make it.)

阿閉託夢〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 18:31[81]

(死んだと思った家族が生きていたというのは、そんなにも嬉しいものなのか、というのが率直な感想だった。まともな家族のもとで育っていない、そしてなにより家族というものを嫌悪している男には、彼女の父親の涙がよくわからない。それでも、梵一期という少女が死ななくて、無事でよかったと思うのは自分も同じだ。繰り返されるお礼や賛辞の言葉に、なんと返していいかわからず、)……いや、あの、おれはそんな大したことはしてなくて……お礼ならそこの五条悟っていう教師に……あのひとがいれば大抵のことはなんとかなるので……いえ、えーと、とにかく……いちごちゃん……いちごさん、が、無事で、ほんとうによかったです。(照れる男を茶化す教師を、「五条先生、ちょっと黙ってて」とぶっきらぼうに制止して、こちらこそとぺこぺこと頭を下げる。)……遊びに、は、行かせてもらいます。どうか、いちごさんと、幸せに暮らしてください。なにかあったら、いつでも力になります。おれにできることがあったら、なんでもします。(いつか話したように、「梵託夢になります」とはさすがに言わなかった。これからのきみとお父さんの日々が、光と幸せに満ちたものでありますように。見送って手を振るその表情には、柔らかな笑みが浮かんでいた。)

(「おれなんかがいて迷惑じゃない?」と言いながら、納骨には立ち会った。あの日、ひどい言葉をぶつけてごめんなさい、と、心中で謝罪しながら手を合わせ、墓前には仏花と、任務で赴いた土地で買ってきた銘菓を添えた。「――お母さん、愛されてたんだね」。娘にも、夫にも。小さく小さくこぼした言葉は、彼女の耳に届いただろうか。自分もいつか命を落としたなら、こんなふうに綺麗なお墓に納めてもらって、死を悼んでもらえればいいのに。道を踏み外しながら娘と夫に愛されているあなたが羨ましい、とは言葉にしなかった。)

(高専で過ごすようになって四年目。それまでまともに行っていなかった鍛錬に、力を入れるようになった。己の術式は、それ自体は攻撃力を持たない。まずは体術と、そして呪具を使った戦闘でアドバンテージを取れるように。術式も、さらに細かな調整ができるように、そして応用をきかせられるように、一日も休まず鍛錬に励んだ。任務で地方に赴いた際には、必ずその土地の銘菓を買った。「今回は仙台です」と、駅や食事の写真やらもこまめにLINEで彼女に送っていた。忙しさから毎回とはいかなかったけれど、時間を見つけては、「お土産買ってきたよ」と梵家を訪ねた。彼女がどんな進路を選ぶのか、高校はどこに行くのか、部活は、アルバイトは、そんな話を聞きたがった。もちろん、彼女が中学を卒業する折には盛大にお祝いした。彼女の父親とも話すようになって、まるで本当に梵家の一員になれたようで、嬉しかった。途中から、梵父のために、地方の地酒もお土産として買ってくるようになった。準一級に昇格したのは、2014年の秋の事。「もっと強いアトジくんになりました」と、真っ先に彼女に報告した。――そして2015年3月、東京都立呪術高等専門学校を卒業。「おれの卒業もお祝いして」なんて図々しくねだっただろう。それから、呪術師として本格的に活動する事になる。)

(――2016年12月。とある任務で赴いたのは、富山県だった。雪が多く降り積もる、山間の村での任務だった。――無事に任務を終えた、という報告書と共に、呪術師を辞する事を高専に伝えた。四年間通い、卒業後も拠点としていた第二の故郷ともいえる高専からの帰り道、彼女の連絡先をスマートフォンから消した。それ以降、連絡を取る事も、梵家を訪ねる事もなかった。――彼女についた嘘がひとつ。結局言えなかったことがひとつ。どちらも、きっと、明かす事はないのだろう。冬の冷たい空気に白い息を吐き出しながら、そんなことを思った。)

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