七竈王哉〆 ♦ 2021/02/09(Tue) 14:20[93]
(乗り越えてしまえば、存外簡単なことだ。 一度命を危険に晒せば、自覚以上に生にしがみついていたのかもしれないとぼんやり考える。ただ消費するばかりだった命に再び意味を見出し始めたなら、元より己の希求に正直な男の行動からは一切の迷いが消え去っていただろう。二日ぶりの邂逅で、好き勝手言葉を紡ぐあたりにもその様子は表れていた筈。分かりやすい狼狽を示す彼女の仕草がおかしくて、口元が緩む。笑みに甘さが宿るのは無自覚だった。彼女の瞬きの合間に、期待が
、下心が、熱情が、あらゆる情操が煌めいているのは予想ではなく確信である。だって知っているのだ、この感覚を。自分の中にもあるものだから。)おー、知ってる。(そうして彼女の口から望みの二文字を引き出すことが叶ったならば、零れた言葉の持っ甘ったるさにまず自分が驚いた。分かりやすいよお前と笑ってやろうと思っていたのに、好きだ嫌いだの色恋沙汰はこれが初めてでもないのに、されど脈打つ心臟が全身に熱を浸潤させていくのだから重症だ。空いた片手で彼女の手を引き、腕の中に抱き寄せた。何度目になるか分からぬ抱擁は、きっと今までで一番優しい温度をしていたろう。)……話してえこと、いろいろあんだよね。今度聞かせてやるよ、心して聞きな。(囁き落とすように、言葉を紡いだ。暴くばかりで結局己の過去を教えたことなど無に等しいと、気が付いたのは最近のこと。今まで誰にも踏み入れさせたくない領域を明確にしていたのだから、当然かもしれないけれど。慰めて欲しいわけではない。優しさが欲しいわけではない。けれど彼女には、知っていて欲しいと思った。過去の上に成り立つ男の今を。彼女と出会って変わったこの生を。とはいえ積もる話は後回し。今はもう少しだけ、この温度に浸っていたっていいだろう。この手で救った、唯一無二だ。)