乙無白亜〆 ♦ 2021/01/30(Sat) 03:25[67]
知らない。(花火とは。異国の文化に寄り添った童話や児童文学には中々出てこないものであったので、ふるふるとかぶりを振ると共にそう答えた。やっと彼のかおばせが見えた時には赤く染まった眦を不思議そうに指摘したものだが、理由を聞けばそっかの一言で納得。彼と過ごすようになってからというもの、「わからない」感情に突き動かされることはむすめにもよくあった。けれど彼いわくいろいろ使い道があると言ったマッチの使い方はいまだピンと来るものはなく、だからその使い方も処遇も彼に一任したはず。それよりも今は、未知なる花火への想像を巡らせるのに忙しい。)うん。こんど、しよ。 はなび、きらきら、すごく楽しみ。(一通りの説明を受けてむすめがいっとう喰いついたのは案の定「光る」という言葉だ。またひとつ未来への約束を重ね、曖昧にしようとしたものを確かにしていく。そしたらもっともっと、てんしさまとの話し合いも頑張れる気がした。繋がりがいっとう強くなれば傍らの彼のかおばせをどうしたのって告げるよう、ゆるりと小首を傾いで仰ぎ見る。思わぬ言葉に瞠目したのはすぐのこと。)……そうだと、いいな。(すっかり歩きなれた地を踏みしめて、そっと息をつく。ここを眼下に見下ろした折、Xに居た頃よりもたくさんの記憶が脳裡を巡れば薄情にも自覚する。ここは、どこよりもあたたかかったと。)
(むすめがドアノブに引っ掛けられた贈り物に気付いたのは、翌1月22日の早朝のことだ。敬虔な生贄であったむすめの朝は早く、今は祭壇へ祈りを捧げぬ代わりに鶴を折ることに費やしている。けれど静謐な朝の空気を窓を開けて室内へと取り込んでいる最中にふと彼のかおばせが物思いの脳裡に浮かべば、任務前の見送りは叶うだろうかと身支度を整えてからドアノブに手をかけて違和に気付いた。小さな袋に入っていたものはふたつ。加工が施されたあの日の四つ葉のクローバーと、ちょっぴり頼りない赤い鶴。贈り主が誰かなんて考えるまでもない。紙飛行機しか折れないと、言っていたのに。天穹を羽ばたく鶴の翼へかけられた祈りを目の当たりにすれば、そこから溢れてくる想いに溺れてしまいそう。 昨日はてんしさまへの信頼もあって真正面から彼の心配を受け取ることが出来なかったけれども、今はただ純粋に彼の想いを嬉しく思った。)となり。(ドアノブに引っ掛かった小袋が雄弁に告げている。たぶんもう、彼は行ってしまったんだろう。ありがとうの代わりに大切に大切に大好きなひとの名前を紡いで、目的を失えばいつもの日課の折り紙をはじめようと部屋へと引き返す。今日の朝食はおにぎりでも食べてみようかな。Xに着て帰る修道服のポケットに祈りの鶴を潜ませながら、新たな挑戦へ一歩を踏み出した。)