卯木祈織〆 ♦ 2021/01/29(Fri) 05:21[64]
(1月22日の夜はさみしさの匂いがした。時刻は20時を回った頃だというのに、男子寮の廊下は人気がなく静まり返っている。あと数時間もすればやってくる23日に予定されている作戦が関係しているのかもしれない。準備に動く者、最後の一日を共に過ごす者、ひとり部屋に閉じこもる者もいるのだろうか。)…ここかな。(何個目かの扉の前で立ち止まる。「セイの部屋ってどこですか」と彼の担任にリサーチ済みだ。けれど扉をノックすることはなく、ドアノブにビニール袋を引っ掛けた。ひとつ前のお休みの日、ヘアゴム等を買った店のもの。中には「セイへ」と書かれたカード一枚とお守り袋ひとつきり。黒地に焦げ茶の紐で二重叶結びをして、白糸で桐の花の刺繍をいくつか。ほつれやよれは見当たらず、そこそこの出来だと言っていいかもしれない――が。)セイの家族って、どっちをイメージしてたんだろ…。(彼の名に入る桐はキリかアオギリか。日本でメジャーなのは前者で意匠にもよく見られる。しかし漁ってみた植物図鑑の内容的には後者の方が似合うような。迷ったのはほんの数秒。わからないなら「両方入れればいっか」で万事解決だ。反対の面に梧桐の図柄が入った理由はこんな感じで、そもそも図柄が一つ増えるぐらい手間だとも思わないことに起因する。縫うものが増える分“ひと針”が増えて、幸いを願う回数も増えるし、呪力を持ち得ない娘でなんのご利益もなかろうが、それでも祈ることは無駄ではないのだと思いたい。)またね、セイ。(声は、掛けなかった。もう一度顔を見たら、後ろ髪引かれてしまうのがわかっていたから。くるりと体の向きを反転させ、帰路を辿る。片面に桐、ドアノブに引っ掛けてきたお守り袋に、いくつもの祈りを織り込んだ。怪我をしないように、風邪をひかないように、かの担任にからかわれたりしないように、高専の面々と和やかに過ごせるように、あの美しい瞳が曇らないように。それから、それから。再会も願った。抱きしめて、泣いて、怒って。その約束を果たしたい。果たしてほしい。それをよすがに、明日を夢見てまた一歩踏み出す。)
(死にたくないとはまだ思えない。でも、死んでほしくないとは思うんだ。)