今波燈〆 ♦ 2021/01/29(Fri) 01:06[62]
(作戦決行前夜、漸く捕まえた教師のひとりと対峙する。諸々問い質された時のためにある程度の準備はして気を張ってはいたものの、思っていたよりも平和的に解決しそうで一安心したことは否めなかった。顔ばせをやわらげて、困ったように笑う。)もう誰かからお聞きかもしれませんが、明日ここを立つ予定です。……必要なら、先生にもお話があると思うので、詳しいことは私からは何も。ただ、先生とまたお会い出来るかは分からないですし、ご挨拶はしておけたらと思って。(実際のところ、この作戦が終わった後むすめの処遇がどうなるのはか分からない。もしかしたら高専に戻って来ることになるのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。ただ、むすめがいないと騒がれる可能性を先に消しておきたくて――もし、作戦決行時に会ってしまった時の言い訳をしたくて、「立つ」表現をしただけのことだった。戻って来ることが出来るようなら、それこそ仲違いしてしまった彼と仲直りしてから本当に立つのも悪くは無いだろう。どちらにせよ、今目の前に見据えるのは作戦のことだけだ。教師たるその人ならある程度は作戦の概要を知っててもおかしくないけれど、同時に知らされていなくても全くおかしくはない立ち位置だから悩む。とりあえずは当たり障りのない程度だけ匂わせ、おだやかな声音で挨拶交わしては頭を下げてから忘れてはならぬこととしてひとつ願い出ることにしよう。)昨日、御調と喧嘩しちゃったし、今日は任務だって言ってたので、会えそうになくて。 本当は、…………ううん。御調のこと、よろしくお願いします。あんまり、無茶し過ぎないように。(最後踏み込むのは彼のこころをいたずらに傷つけないようあらわれる彼の意思に任せたものの、一歩でも引いてしまえばまた諦めたと言われてしまいそうだったから。喧嘩別れのような形になってしまったけれど、それでも彼のことがばかみたいにたいせつになってしまったんだって、いとおしんで笑うだけで精一杯だった。顔ばせを持ち上げてやわらかなまなざしを湛えたなら後はもう別れを迎えるだけ。話を終えた教師に背を向けて自室に戻ると、むすめは明かりもつけず部屋の片隅、窓際の床へと腰を落ち着ける。窓の外へ視線を向け夜空を仰げば満ち欠けを繰り返した月がひと月の歳月をしらせていて、少し胸が苦しくなった。)――どうして、なんて分かりきってるじゃない。たいせつだからだよ、御調。すきなひとに生きてて欲しいって思うのも、そのひとにしあわせでいて欲しいって思うのも、そんなおかしなことじゃないでしょう。私はそんないい人でもないから、たいせつじゃないひとのために、いのちなんて賭けらんないよ。(たとえそれで確かに分かたれることになろうとも、言葉にしなければ伝わらないことは知っている。言葉にしなかったのは、多分単純なかたおもいのエゴで、決してむすめが強くはない証左だった。それでも、本当にたいせつなものを、見落としてしまわぬように。彼に理解されずとも、彼を理解できずとも、みずからを誤魔化してそばを願うのではなく、立ち向かって彼の未来を願うことに決めた。かなわぬ想いなら、そのさいわいを祈るのがむすめにできる精一杯の恩返しだと思ったから。ゆるやかに吐息ひとつを零しては顔ばせをやわらげる。決意だけを確かにして、誰に告げるでもない独り言は冷たい空気の中に溶けてゆく。)