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(千の鶴に祈りを)

乙無白亜〆 ♦ 2021/01/10(Sun) 22:05[3]

(外に出ても普通の生活を送れるようにと高専関係者より提案が持ち上がったむすめの知能を育てるための勉強は、保護された翌日よりスタートした。迎えにきてくれた“先生”に手を引かれ辿り着いた場所はひとりで勉強するにはとても広い空き教室の一角。その中央に机と椅子がふたり分向き合うようにセッティングされていて、その内の片方へ「座りなさい」と促されたむすめはこくりとひとつ頷いてからお人形のようにちょこんと椅子に座った。じぃ、と随分と上にあるひとのかおばせを見上げる。)べんきょう、する?(ゆるりと首を傾げて問えば、むすめと向かい合わせに座る強面の“先生”がそうだと頷いた。ここに来てからまだ一日にも満たないものの、Xに居る時よりもひとに話しかけられる回数は多くて、それに比例して言葉を発する機会も増えていた。まだまだ言葉は拙いし、たくさんおしゃべりをするのは少しだけ疲れるけれど、このまま時間が流れれば上達もきっと早いはず。されど今日は言葉の勉強ではないらしい。)? せんせ、これ、なあに?(今日はこれを使って勉強をするのだと、中央にすらりと円形に並べられたのは色とりどりの四角い紙だった。紙質はぺらぺら、一枚手に取って引っ繰り返すと裏面は真っ白であるということがわかった。不思議を映した紅玉が仰いだ先「これは折り紙だよ」と指差し示されたなら、記憶に刻み付けるようにそっ音を繰り返した。)おりがみ。(赤青黄色。たくさんある色の中からむすめが抜き取ったのは、彼が好きだといっていた空に似た薄青色だ。色がついている以外にはなんの特徴もない、まっさらな折り紙をまじまじと見つめる。)おりがみ、文字、かくもの?(紙=なにかを記すものだと認識しているがゆえに、高い位置にある先生のかおばせを覗き込んでは問うように小首を傾げる。そんなむすめの姿を微笑ましがるような吐息がふっと場に零れ落ち、「見ていなさい」と魔法の指先が折り紙に触れた。すると見る見るうちに赤い折り紙は形を変えていき、あっという間に机の上に翼を広げたではないか。原型を留めていない赤色をじぃっと見つめる紅玉はすごいすごいと眩い星の輝きをたっぷりと湛えて、告げられた名を小さな唇にのせた。)つる。(紙を折りものをなすから折り紙。折り紙から生まれた、机の上で翼を広げるものの名は「鶴」。祈りを吹き込みながら千羽を折ることが出来たなら願いが叶うのだという。むすめはまだ千という単位がどのくらいのものになるのかを知らないけれど、数なんてどうでもよかった。知りたいのはひとつだけ。一枚の折り紙を手に向かい合わせのかおばせをまっすぐ見つめて小首を傾ぐ、細い白髪が動きに合わせて嫋やかに揺れた。)せんせ。 つる、千、折るしたら、しあわせ、ふえる?(──想いを籠めて折れば、喩え千に満たなくてもきっと叶うはず。それだけわかれば十分だった。手順を教えてもらいながら、指先に想いを籠めて折ってゆく。頭上から問いかけが降ってきても手は止めぬまま、この指先が祈りを手向けるひとの名を紡いだ。)うん。 となりに、あげるの。しあわせふえる、してほしい、から。(それが優しくしてくれるひとへ、むすめから出来る唯一の恩返しだと思った。だから帰ったらてんしさまにも鶴を折ろうと心に決めて、薄青色の紙を折り上げていく。──斯くして出来上がった鶴は頭が大きく尻尾が短く、なんともまあ不格好ではあったけれど、はじめて折ったものにしては上出来といえるだろう。彼の部屋の取っ手にベージュのマスキングテープを駆使して鶴をくっつけ、まるで空を羽ばたいているみたいに取っ手にぶら下がった鶴を見たむすめは満足そうに頷いたのち、ご機嫌な足取りで自室へと戻っていった。以降毎日一羽ずつ、折り鶴が彼の部屋へと届けられることになるだろう。むすめの仕業だと気付かれなくったって、それでゴミだと勘違いされて棄てられてしまっていたって構わない。この世界にはあたたかくて綺麗なものがたくさんあるのだと教えてくれた優しいひとに、たくさんしあわせが増えますようにと祈りを捧げられたらそれだけで。ただそれだけで、むすめもしあわせだった。)

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