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(行ってきます。)

立花蓮〆 ♦ 2021/02/12(Fri) 02:58[127]

(――彼女が家族との生活を取り戻した頃。男も、頻繁に実家に顔を出すようになっていた。中学卒業以来、便りのないのは恙無いを地で行っていた男がだ。桜の花が芽吹く季節は、いい節目だろうとも思ったから。これは、その最初の時の話。)――もう、色は戻らないだろうって。次同じことをしたら、間違いなく失明とも言われた。(東京都。山奥でないにしろ、一軒家の平屋建てでもそこそこ固定資産税が安いらしい純和風建築が、立花の実家だ。立派な庭にある池にはハスが浮かんでいて、そこには五匹の錦鯉がいたはずだが、この三年での増減は知らない。縁側から廊下を挟んだ和室の、伽羅のテーブルを挟んだ二人と一人。両親と、蓮だった。立花の家は、代々呪術師の家系ではない。だが時折、何代かにひとり、呪力を持った子が生まれる。古くはどこぞの陰陽師の落胤らしいが、死んだ爺ちゃんの戯言だと蓮は思っている。呪力がない立花の者から見たときに、この力は羨ましいらしかった。父も、呪力の発現を喜んだと聞いている。発露が発露だっただけに、大喜びとはいかなかったようだが。父は「そうか」と言った。母は、何も言わない。蓮の前に置かれたゴーグルは、もう五代目だ。成長の度に母が特注して買い与えたもので、五代目との付き合いはそろそろ三年になる。壊れぬ限りは、一生これと付き合うことになるだろう。報告の後、久し振りに実家で昼食を食べて、他愛ない近況報告をしたあと、玄関での見送りは母だけだった。靴を慣らして、引き戸に手を掛けた時。)……うん。ごめんね。(「呪術師、やめないんでしょう」――母は、見えない人だった。その点は父も一緒だが、母はこの家に嫁ぐまで――蓮が生まれ、その目の色を変えるまで、呪霊のじゅの字も知らぬ人だったらしい。互い、静かな声だ。「好きにしなさい」いつかと同じ台詞は、どうしてだろう。今聞くと少しだけ胸が痛い。)――次帰ってくる時は、彼女連れてくるから。(下を向いていた母の顔が勢いよく上がったのを見て、やべ、と思った。「だれ?」「どんな子?」「あんた、ちゃんと大事にしてるんでしょうね」いつにない勢いでまくし立てながら、土間へまで下りて来そうな母にさっさと背を向けて戸を開けた。先に呼んでいた補助監督の車は既に待機していてくれている。逃げるように門まで向かって、飛び乗った。後部座席のシートに倒れ込みながら、いいです、出してくださいと逃亡犯は慌てて運転手に告げるだろう。高専までは30分程度。その間、ラインが鳴りっぱなし。母ってこんなに喋る人だったっけと少し苦笑して、けれど最後の一文にだけ、確かな意思を持って返信する。「呪術師ってこと、知ってるの?」)呪術師じゃなかったら、会えなかった子だよ。(「そう」「大事にしてあげなさい、うんと」)そのつもり。(「よろしい」――爆撃はこれで最後のようだ。ふう、と寮へ戻る道すがら、開きっぱなしだったラインが、別の宛先を呼び出す。宛先はもちろん、”彼女”だ。)今度、俺んち来ない? 母さんが、会いたがってる。

(2016年までの立花蓮はと言えば、可もなく不可もなくだ。消費していくだけの毎日に少し生命の危機がプラスされたが、基本的に立ち回りが得意な男はさほどの無茶もせずに二級の任務をこなしていた。高専側からしてみても、攻撃に特化した術式の保有者が多い中で、珍重なサポート要員だという図らいがあるらしい。とは言え、彼に五条悟の息がかかっているのは明白であるから、上層部に気に入られているか否かで言えば後者であった。立花蓮本人も、そういう難しいことはどうでも良かった。今助けられる人のために手を伸ばす。そのスタンスはきっと、この身が呪霊に押しつぶされるまで変わらぬだろう。幸いにして、Xの解体後は――彼女以降は、少なくとも、立花の手が届く範囲に助けた後で路頭に迷うような人物もなく。「ありがとうございました」と礼を言われるだけの縁が続いている。それすらないことだとて、珍しくない。多くに呪霊は見えないから、助けられた自覚がない者も多いのだ。そんな人々を、立花は今日も救っている。――2016年、3月。卒業式の音頭を真下に聞いている立花蓮がいるのは、体育館の屋根の上。ブルーシートまで持って寝そべって、早春のうららかな日差しを浴びている。夏には不快な黒尽くめも、この時期はほどよく陽光を集めてあたたかい。冬でも小さな『火輪』を浮かべれば多少の暖にはなるのだが、それを差し引いても眩しいので夜寝る際に使うのは好ましくないのだとか。春眠暁を覚えず。自然の陽光でぬくぬくと寝そべっていられる季節が好きだ。少し霞んだ、柔らかい色味の世界が好きだ。目に優しい。)――人使い荒いってば。(バカみたいにデカい人影が、せっかくの陽光を遮る。あんたは式に出ろよと喉まで出かかったが、打ち返されるのが面倒でやめた。この人が立花を起こすのは、決まって任務のときだ。「ちょっと山形まで頼むね。芋煮食べてきていいから」いや全然魅力的じゃないし。そう声に出さずとも伝わるように、これ見よがしなため息を返答とする。器用に屋上から排水管などを使って飛び降りて、振り返った。)渋谷顔出してからでいーい?(もちろん!と特別良い返事が返ってきて、なんであの人が嬉しそうなんだろうと思う。下世話な詮索だけでないむず痒いものを感じて、早々に部屋に戻った。スクールバッグ程度のリュックに必要最低限の物を詰めて向かう先が、一週間の山形出張だと誰が思うだろう。けれど立花にとってはこれが普通だった。支度もできたところで補助監督に迎えに来てもらう。奇しくも去年山形新幹線が開通したばかりだ。駅弁は豪勢にいこう、などと思いながら。)

こんちは。静音います?(渋谷の某アパートに着いたのは、おやつ時だった。勝手知ったる風にインターホンを押して、中から出てきた女性にぺこりと頭を下げる。車の中でうたた寝してしまったせいで、事前の連絡を入れ損ねてしまったがゆえのすれ違い。どうやら目的の人物は今、春から通うらしい大学にいるのだそうで、さてどうしたものかと頭を掻いた。ラインのひとつでも送れば会えそうなものだが、せっかくの学びの機会を奪いたいわけでもなし。)――じゃあ、伝えといてください。「いい子で待ってて」って。(ラインでも良かったけれど、これはちょっとした悪戯心。これを聞いた彼女の反応が少しだけ楽しみだ。柔和な笑みのまま続ける。)静香さん、山形土産で欲しい物とかあります? 一週間向こうにいるんで、静音に言ってラインなんかで教えてもらえれば。(今回の任務でも、死ぬ気はない。本来二級術師というのは二級の呪霊を倒せて当たり前という称号で、此度の相手も二級と聞いている。本音を言えばめちゃくちゃ面倒臭いけど、それで救われる命があるなら行かねばならぬのが男の選んだ”呪術師”という道だ。勝手な言伝を終えれば、待たせたままの車へ戻っていよいよ東京駅へ向かうだろう。日本の心臓とも呼ぶべき場所ですれ違う、呪霊の存在も知らぬだろう人々。彼らの安寧のために呪霊を払い、自分が死ねば泣くだろう人のために生きて戻る。嫌なことからは出来るだけ逃げて、それでも命の使い所だけは覚悟して。きっとこれから先も、そんな生き方は変わらないだろう。見ず知らずの人のために命を落とす、その時まで。光でありたい。春になって、パンダの居場所はスラックスのポケットに変わった。今日も爪とぶつかって、ちゃりとその存在を示すだろう。ずっと一緒にいるって、言ってくれたから。)

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