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(バツビョウ)

卯木祈織〆 ♦ 2021/02/11(Thu) 01:58[117]

――先生。新しく戸籍を作るなら、誕生日は1月21日してほしいです。できればでいいから。(高専に来てからこっち、久しく見ていなかった夢を見た朝。与えられた部屋の固定電話から教師にコール。開口一番切り出した。「もう過ぎてるじゃん。これから先にしておいた方がプレゼントねだれるよ」と悪徳商人のようなお勧めをされたが答えはNO。)誕生日は、“めでたい日”なんでしょう。だから。(指定した日はXに戻る二日前の夜を示す。卯木祈織という娘の行動理念はいつだって単純で、きっと誰かから見たらたったそれだけと言われるかもしれないけれど。)好きなひとから何かもらった日って、記念日じゃない?(とっておきの秘密を打ち明けるとしよう。からから笑って「はは、納得。いーよ」と返したのを聞き届けて通話を切る。教師への好感度が+10、トータルゼロ。なぜなら今までマイナスだったので。)

(自覚したのは、少女たちをXから連れ出したことに昇級が絡んでいると知った時。あの時衝撃を受けたのは、少なからず好意があったから他ならない。買い物に出かけた時は懐いている程度が、気づいた時には随分慕わしく思うようになっていた相手。恋と言うにはまだ淡く、愛と言うには一方的。だけど遠くない未来、どちらかになるのかもしれない。あるいは両方か。誰かを想うのは時に苦しくなったりもするけれど、失くしたいとは思わない代えがたいもの。掛け替えのない宝物。伝わってほしいと思うのと同じくらい、伝わらなくたっていい。誰が何と言おうが、好きなものを好きでいるだけだ。)

(X壊滅後に買い求めたスケッチブック。静養の暇つぶしと備忘録を兼ねて、今給黎朔の姿を描いた。少女としての彼女も、呪いとしての彼女も。それが1ページ目と2ページ目。これは備忘録として。少女を忘れまいと思ったのは、彼女が一連の事件を起こすに至った経緯の詳細を知った後のこと。母――自身を産み落とした者に対して固執する姿が、ある意味己とよく似ていたから。――今思えば、女をゴミと評した“誰か”は母だったのだろう。幼少期に近しくあった大人など両親しかいないのだから、よくよく考えればわかることだ。片や己が中心、指針として生き、そして死に。片や水面下に追いやりながらも忘れきることが叶わなかった。愚かな子供たち。母娘に遺された呪い。無意識下のうちに呪いの主を考えないようにしていたら、あれもこれも忘れがちになったポンコツさは自己責任として。)

(スケッチブック3ページ目からは、メモ書きと絵が交互に並ぶ。『・学校によくいる(らしい) ・机の中とか ・黒くて小さい ・一つ目 ・うねうね』、見開き並んだページには特徴を描いたもの。呪霊の絵だ。勿論自分じゃ視えないので、任務帰りの高専の生徒たちをつかまえて聞き出した特徴に基づいている。出来上がりも確認してもらいながら。自身には視えない呪霊も描き始めたのは、ひとえに、同じものを視ることが叶わなくとも知ることができれば近くに在れるだろうかと思ったから。難しく考えがちで人より少し臆病なところがある彼に、寄り添いたかった。身体でも心でも、どちらでも構わない。本音を言えば両方そうありたいものだけれど。)

(更に数日後、静養期間も満了した頃。呪術師界最強の男から戸籍謄本のコピーを貰った。生年月日は17年前の1月21日になっている。むずがゆいような照れくさいような、でもやっぱり嬉しくて。子供みたいに沸き立つ情操を「あはっ」といつになく大きな笑声で昇華したら、高専の校舎前で、穿月桐静その人を出待ちする。本日のカリキュラムが終わる、あるいは任務帰りを見つけたのなら一目散に駆け寄って、その謄本コピーを彼の眼前に広げよう。もしかしたらその手前には、「ドゥルルルルル…」なんてふざけたドラムロールを舌っ足らずに紡ぎ、勿体ぶったのち紙切れを見せることもあったかもしれない。彼の驚いた顔が見られればよし。笑ってくれればマーベラス。ちょこっとでも意識してもらえればパーフェクト。千里の道も一歩から。)

(呪いとは楔である。いつかの折にそう答えたのは、無意識のうちに自身のことを指していたのかもしれない。母から呪いのように打ち込まれた楔は、しかし既に穿たれた。さあ抜錨しよう。そしていつかどこかで、花木のように大切なもののために根を張るんだ。)

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