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(トウビョウ)

卯木祈織〆 ♦ 2021/02/11(Thu) 01:49[116]

(X解体の翌日のことだ。先生改め五条悟に呼び出され、指定された空き教室に向かえば、くだんの男と学長の二人がいて。今後どうしたいのか尋ねられたが、)なにも考えてないです。…違った、何も考えてなかったです。(と馬鹿正直に答えた。今まで流されるまま生きて来たツケがここにもあるとは。さざ波どころか波間を漂うクラゲと同レベルだが、現在形から過去形になったところを評価してほしい。考えようとしている。今からだけど。学長から、あんまり長く高専に留めてはおけないことと、なんだったら非術師ながら呪いを知る人たち、いわばサポート業を紹介できると言われたが、いまいち乗り気になれないのは燃え尽き症候群だろうか。いや元からかもしれない。帰り際に五条悟から言われた「そういえば、君の戸籍なかったらしくてさ。いやービックリ。後で作りに行くけどね」も全然気にならないぐらいだ。隣の学長が鋭い声で窘めていたが、真顔のまま「はあ。よろしくどうぞ」と返すのが女の常であるし。ダメージ0。)…やっぱりなぁって言ったら、変なのかな。(寮の廊下を歩きながらの呟きは、誰に拾われることもなく溶けていった。)

(ありきたりな不幸の話をしよう。あるところに一組の夫婦がいた。暮らし向きの良くない荒んだ日々を送る中に懐妊が発覚し、二人は大層悩んだ。産むべきか産まざるべきか。迷った末に前者を選び十月十日。大きな問題もなく健康な子供が生まれ落ちた。女の子だ。子供が成長する頃にはこの暮らしぶりが少しは良くなるように願い、祈りを込めて名前をつけた。)
(しかし幼子はとにかく手が掛かるものである。食い扶持だけがかさんでいく。夫婦は段々娘が疎ましくなってきた。些細な言動も夫婦の気に障るようになり、手をあげることも増えた。反面、落ち着くと二人は自分のやってしまったことが恐ろしくなってくる。元来夫婦は悪人ではない。ただ余裕がないだけなのだ。しかし娘を見ると、叶わぬ祈りを思い出して苦しくなる。皮肉なことに、それがより夫婦の心をささくれ立たせた。)
(その傍ら、娘は歳月を重ねるほど表情が削げ落ちていく。声色も単調になり、痛いと声を上げるのはとうに諦めた。尖った声も罵声も甘んじて受け、俯いて躱すのがいちばんよい。)
(年のころ十を過ぎた辺りから学校に行っていない。身体にできた痣は放っておけば治るが、他人に見られると騒がれる。ならば部屋の片隅で、ひっそり生きる。)
(制服に身を纏う年の頃、娘は二人に連れられ“X”の施設がある土地を訪れた。彼らは両親が抱えていた多額の負債を肩代わりし、住居をも提供してくれたと言う。かの地で住まうことに否やはなかった。“ゴミ”にあれがしたいこれがしたいなどあろうはずがない。)

(夢を見る。何度も何度も。――薄暗い室内で、誰かが自分を見下ろしている。「食べて、飲んで、使って、捨てて。何もしないのに消費するだけなんて、ゴミと一緒ね」。そう言ったひとの面影は朧げで、輪郭は像を結ばない。それでも言われた言葉だけは鮮明に刻み付けられ、入り込んだ棘のように抜けない。深く深く、意識の水底へ。ゆらゆら揺れて寄せては引いて、けれどどこにも行けやしない。――そう思っていた。)

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