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(西風千鶴との記憶。)

七竈王哉 ♦ 2021/02/10(Wed) 14:42[108]

(平穏の瓦解は、2018年春先の任務から数か月後に訪れる。南から吹く風が夏のにおいを纏い始めた、初夏の頃だ。久しぶりの休瑕を彼女と過ごしたがったのは当然の流れだったろう。飯でも食いに行く?と軽い調子での誘いは二人の時間が当たり前になっている証拠であり、並んで歩く姿はきっとどこにでもいる恋人同士のそれだ。道路に植えられた木々の日陰を選んで進みながら、隣に並ぶ彼女と平々凡々な言葉の応酬を繰り返す。)千鶴、今日何食いたい?俺ラーメンの気分なんだけど、どう? あー、でも今日暑いし、もうちょい爽やかなもんでもいいな。(どうする?──続けて投げかけようとした疑問符は、突如背後から聞こえた悲鳴とブレーキ音に掻き消される。振り向くよりも先に、この身に染みついた経験で体が動いていた。彼女の細い体躯を突き飛ばし、自身もすぐに飛び退こうとするが、一歩遅かった。強い衝撃を受けた体が吹っ飛んで、地面に叩きつけられる。通行人の悲鳴が、周囲を満たしていく。歩道に乗り上げてきたらしい車は、近くの街路樹に突っ込んで白く煙をあげている。運転手は無事だろうか。他に怪我人はいないか。呼吸をするたびに肺が刺すような痛みを覚えるから、肋骨が折れているのだろうと悟った。けれど周囲を取り巻くあらゆる物事は、男にとって些事だった。)ッちづ、(彼女の無事、──それが、他の何より優先されることだ。起き上がって名前を呼ぼうとして、全身に走った激痛のせいで体がアスファルトの上に頽れる。頭を強く打ったらしく、傷から鮮血が零れて頬を伝い落ちる。霞む意識の中、最後に見たのは此方に駆け寄る通行人達の姿。車の向こう側にいる筈の彼女の姿は終ぞ視認出来ず、男は一度意識を手放すことになる。)

(記録──2018年5月。術式の反動による交通事故。肋骨の骨折、肺の損傷により一週間意識不明の状態が続く。)

(目が覚めたのは、病室のべッドの上だ。天井さえも朧気の状態で、乾いて音を紡げぬ唇が、それでも彼女の名前を象った。千鶴。──彼女の姿を探そうと、視線を隣へ向ける。無事だっただろうか。もしかしたら、彼女だって怪我をしてここにはいないかもしれない。けれど彼女の温度を求める指先が、べッドに投げ出されたまま微かに震えた。)

西風千鶴 ♦ 2021/02/10(Wed) 17:56[111]

(家入硝子は辛辣だけどその実、とても情に厚い。術師のメンタルケアは的確だし、千鶴をはじめとした助手たちにも可能な限り休暇を取らせた。千鶴への「明日休んでいいから」が彼の休暇とよく重なるのも、きっと彼女の計らいなのだろう。)うーん……。和食優勢だったんだけど、聞いたらラーメンになってきちゃった。このあいだ混んでて入れなかったお店、行ってみない?(デニムのショートパンツに白いシャツワンピースを羽織った装い。10代のころはもっとおとなしい服を好んで身につけていたが、彼との交際で嗜好が変わった。もっとも変化は服ばかりでなく、髪も丸みのあるショートカットへ。緊急時のことを想定して、呪霊を視認できる伊達眼鏡も最近作ってもらったばかりだ。レンズの奥の瞳を細めて、傍らの彼をいとしげに見仰ぐ。おだやかな初夏の昼下がり。そんなひと幕、だったはずなのに。)きゃあ……っ!(つんざくようなブレーキの音を脳が認知するよりも早く、からだに衝撃と痛みが走る。事故車両との接触を紙一重のところで免れた代わりに、店の外壁に打ち付けられていた。通行人に助け起こされる。)ご、ごめんなさい。だいじょう ぶ――…( …あれ? 王哉くんは? 数秒前まで隣にいたはずの彼の不在に困惑し、夜の色をした瞳が揺れる。その虹彩が人集りを、そして大破した車を映せば、ヒュ、と喉が嫌な音で鳴った。車の向こう側へ急ぐ。右足がひどく痛むけど、そんなのは今問題じゃない。歩けるんだから折れてない。)……っ! 王哉くん……!!だれか、救急車を……早く!(恐ろしい予感は的中し、そこには血塗れで伏す彼がいた。すぐ傍らに膝をつくと、応急処置を試みる。絶対に助ける。絶対に。そのために、わたしは医者になったんだ。)

(記録──2018年5月、交通事故。右脛骨亀裂骨折、左肩打撲。視神経損傷による視野欠損あり。)

! 王哉くん………!(空気が僅かに動いた気配に、うつむかせていた顔を持ち上げる。X解体の日と同様に、千鶴は時間の許す限り、彼の枕元を離れなかった。もっとも、ベッドも隣だけれど。深い安堵に瞳を潤ませ、その手をぎゅっと握りしめる。)よかった……!どこか痛いところある? 息、苦しくない? すぐ看護師さん 呼ぶからね、(吊られて自由が利かない左腕をかばいながら右手を伸ばす。ナースコールで連絡しようと。)

七竈王哉 ♦ 2021/02/11(Thu) 01:04[114]

(あの日と同じように、彼女の声がこの意識を水底から引き上げる。澱みに沈む男に酸素を与えるのは、いつだって彼女だった。指先の感覚はまだ鈍いが、それでも握り締められたなら応えようと微かに震えた。重たい瞼で数度瞬きを繰り返せば、次第に輪郭を取り戻し始めた世界の中に彼女の姿が見える。手際の良さは今まで積み重ねてきた経験か。頼もしく思えたのも一瞬で、怪我をしているのだと悟れば須臾の間に全身から熱が引いていく。)いい、(乾いた声で、ナースコールを押そうとする彼女を制止する。それから鈍痛を訴える体に鞭打って、ゆっくりと上体を起こせば正面から彼女の様子を捉えた。眦に滲む涙を拭ってやりたいのに、腕を持ち上げることもすぐには叶わないことが悔しいしもどかしい。代わりに、少しだけ背を丸めて額を合わせた。こつりと軽い音を響かせて、瞬きひとつ分の距離で小さく口を開いた。)怪我は?どこやった、動けんのか? ……悪い、千鶴。俺のせいだな。この前の任務のツケ、甘く見てた。分かってた筈、なんだけどな……。(いつの間にか、彼女と過ごす平穏が当たり前になっていた。いつだって頭の片隅にあった筈の対価を忘れたことなどなかった筈なのに、随分と微温湯に浸り過ぎていたらしい。この惨事を引き起こしたのは間違いなく己だ。一番守りたかった相手を傷つけて、巻き込んで。彼女のすべてを欲しがった強欲さの代償を、今以て思い知る。鈍色の感情が、胸裏を満たしていく。痛かった。傷ではなく、内側がどうしようもなく。)…………そろそろ潮時、っつーやつかね。(ぽつりと零した言葉は、殆ど独り言のようなもの。)

西風千鶴 ♦ 2021/02/11(Thu) 09:43[118]

……おおげさに固定してるだけだよ。足はヒビで、肩はただの打撲。あと、――…すこし、目が見えづらいかな。でも動けるし、大丈夫。(額にほのかな熱を感じながら、凪いだ声をあわいに落とす。足と肩はやがて完治するだろう。視野欠損についてはまだ、詳細な検査はしていない。――俺のせいだと悔やむ彼に、胸が強く締めつけられて苦しい。重ねた指先で彼の手の甲をいつくしむように撫でるけれど、潮時、とつぶやいた声に一瞬ちいさく睫毛が揺れた。潮時。なにを指しての言葉か、千鶴にはただしくわかってしまう。それだけの時間を、過ごしてきた。)……、(繋いでいた右手をほどき、やわく胸を押し額を離した。右足に体重を掛けないように注意しながら立ち上がる。それからもどかしそうな手つきで、腕を吊るホルダーを外した。ぱさりと床に落ちる音。両腕が自由になったなら、彼をこの胸に抱き寄せたい。どこも痛まないように、そっと。) …せい、じゃなくて、おかげ、でしょう。王哉くんが庇ってくれたから、たったこれだけのけがで済んだの。――守ってくれてありがとう。いつもほんとうに、ありがとう。(髪を優しく撫でながら、子守り唄をうたうみたいに紡ぐ。両の手のひらで包みこんだなら、その顔ばせを上向かせられるか。恋慕を溶かした夜の瞳で、その鈍色をかき消せるか。迷いなき声が、凛と響く。)巻き込んでほしいって、言ったでしょう。4年前から、覚悟はできてる。――王哉くんじゃなきゃだめなの。王哉くんと、一緒にいたい。危なくても、…痛くても。(わたしの王様。わたしの英雄。そこがどれだけ呪いまみれでも、わたしは、あなたの隣がいい。)

七竈王哉〆 ♦ 2021/02/12(Fri) 00:52[125]

(ヒビ、打撲、目が見えづらい。並ぶ言葉は彼女の口調ゆえか大したことのないものに聞こえるけれど、十分過ぎる程の怪我だ。あの家入の助手として働く程にまで成長した彼女に頼もしさだって覚えるが、彼女を守りたいと思う意地や矜持がゆえに表情には複雑な色が滲む。言外に滲ますこれからの道だって、きっと伝わっているのだろう。勘が良すぎるのも困りものだ。彼女の前だと、つい本音を曝け出し過ぎてしまうから。)いい女になっちまってまあ……。もっと怒っていいんだよお前は、ふざけんなー!ってさ。……でも、(そこで一度言葉を区切って、この身を包む温度に目を伏せた。添えられた手に促されるように視線を持ち上げれば、双眸が重なる。)……でも、悪いな。どんだけお前を不幸にしても、手放してやれそうにねえんだわ。(彼女の無垢な言葉に殻を剥がれるような心地を覚えるのはさてこれで何度目か、紡ぐ男の言葉に見えも衒いも憂いもない。庇ってくれたと彼女は言うけれど、すべては男の術式に起因する。これから先も巻き込む可能性は十分あると知っていながら、それでもこの温もりを決して他所へはやれぬと言う傲慢さは彼女の声で加速していく。彼女が差し出す覚悟が、言葉だけの物ではないと知っているから。差し出すものは、自分だって等しい質量を伴うものでありたい。重たい腕を持ち上げ彼女の後頭部へ手を回したなら、そのまま引き寄せ唇を重ねた。欲に溢れた唇が、噛みつくみたいに彼女を欲しがる。もうお互いに、何も知らない少年少女ではいられない。呪いを知る身は不動の平穏を得ることは能わず、進む先は地獄か修羅か。例えどんな場所だって、道連れるのはお前がいい。)

西風千鶴〆 ♦ 2021/02/12(Fri) 17:22[129]

(本当はずっと思ってた。呪術師なんてもう辞めて、危ない場所にも行かないで。でも呪術師としての彼のことも、千鶴はとても愛している。鍛錬する背中、札に触れる指、刀の手入れをしている横顔。どれだけ傷つき血を流しても、呪いへ立ち向かってゆく姿。その半生を、努力を、誇りを、踏みにじってしまうのが怖くて、ついぞ口にできずにいた願いだ。だから、)…ふふ、怒ってるよ? ほぼ完璧に助けてくれたのに、自分を責めてばっかりなこと。(潮時、の言葉が耳朶に触れたとき、正直ひどく、ほっとしたのだ。勝手だと思う。それでも。彼がすこしでも死から遠ざかる、それがなにより、大切だった。)一緒にいられなくなる以上に、不幸なことなんて、ないよ。 王哉、……絶対、離さないでね。あなたがどんな決断をしても、そばにいるから。さいごまで。(自分のせいで傷を負う千鶴、その姿に胸を炙られようと、それでもけして、手を離さない。その傲慢は、至上の愛だ。ただひとり、千鶴だけのものだ。そうして千鶴も彼の手を、離すことなどできやしない。自分がそばにいることで、彼がどれだけ苦しむとしても。わたしたちはおなじだけ傲慢で、血だらけで、だけど幸福だった。視線が絡めばあまく微笑んで、指先でそっと髪を梳く。それから引き寄せる手に身をゆだね、両腕を彼の首に回そう。唯一を求める千鶴の胸が、口移しでそそがれる愛に鳴く。唇が離れたなら千鶴から、もっと、もういちど、深く。口づけも、肌を重ねることも、なにもかも彼が初めてだった。手が触れるだけではじらっていたあの日の少女はもういないけれど、あなたがその指で染めた女だ。どうか連れてゆくと誓ってほしい。畢生の先まで。最期まで。伏せた瞼を縁取る睫毛が、祈るようにそっとふるえていた。)

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