御調久遠〆 ♦ 2021/01/11(Mon) 21:52[66]
(重ねられた「ごめん」の音に再び悪態を吐きそうになったものの、下唇を巻き込む形で噛みしめては喉まで出かかった言葉をなんとか押し留めることに成功した。協調性の欠片もなければ空気を読むことなどしない男ではあるが、此度ばかりは違う。自由を奪われ囚われの身であった少女に過去の自分を重ねていたこともあり、少女に外の愉しさを教えてやりたいだなんて柄にもないことを考えていたものだから、こんなふうに気まずい空気を作ってしまったこともまた男の焦慮を募らせる原因のひとつだった。さりとて物事の切り替えは上手いほうであるから何時までも感情を引き摺るようなことはしない。朱色に染まった頬を見れば初心な反応にふはりと破顔して、)ハイハイわかりましたって、さっさと行って来いよ。 ア。因みにオレの好みは紺色な。(どんなに睨まれようとなんのその。財布を取りだしながら更なる冗談を重ねては、軍資金を掻っ攫って遠くなっていく少女の背へ「領収書は忘れずに貰えよ」と一言を。恐らく長くなるだろうと見越したなら少女の買い物が終わるまで男も適当にモール内をふらついて、頃合いを見計らって元の場所へと戻ればベストなタイミングで合流が叶ったはず。一日中走っていても問題ないくらいには鍛えている男ではあるが、休憩の提案にはひとつ返事で頷いてお洒落なカフェやレストランを横目に少女の半歩後ろをついて歩いた。飲み物を待つ間は言われた通りに補助監督へと連絡を入れ、飲み物を手に共にベンチに腰掛ける。味覚を失った男にカフェモカの味はわからないけれど、あったかいそれを飲み下しつつ、ふと傍らの少女を一瞥する。)イマナミ。 手、出しな。(有無を言わせぬ一言だった。もしもカフェモカを両手で握っていて手が塞がっているようであれば少女の座した太腿の上にでも置いてしまうつもりで、男が荷物のひとつから取り出したのは文庫本くらいの大きさのラッピング袋だった。包みの中にはジャーマンカモミールのハーブティーが納められているものの、「ここで開けンのは禁止」と言い含めておけば開封されるのは寮に戻ったあとになるだろう。迎えの車に乗り無事に高専へと帰ってくれば本日の戦利品の入った紙袋を少女の部屋の前まで届けてから、男は当たり前のように「また明日」とひらりと手を振り背を向ける。さてあともうひと仕事、この溜まった領収書を提出してこなければと気怠そうに伸びをした。)