御調久遠〆 ♦ 2021/02/16(Tue) 18:07[183]
(「約束する」と彼女の口から出た以上それを違うことはないのだろうと思う。されどこれまで共にしてきた経験で彼女は御調の身が危ないとなると無茶も厭わぬ行動に出ると知っているから、手伝うなる言葉を聞けば訝しそうに眉を顰めもしたはず。だがその懸念もなにもかもひっくるめて彼女に待っていろと、いい子にしていろと言ったのだから、肯定を貰った以上信頼するより他にないだろう。)間抜けな貌。(彼女の反応を見遣れば不意打ち成功と言わんように薄ら笑み、呼ばう名に応えるよう片手を挙げてみせるのだ。一時の娯楽であるならまだしも、本気の恋など生涯無縁なものだと思っていた。借りているマンションも殉職してもすぐ片付けられるように部屋には必要最低限の生活家具しか置かず、そこに極力生活感を感じさせぬよう努めてきたというのに、やはりなにが起こるかわからぬのが人生だ。色のないこの世界に鮮やかな燈が灯ってゆくような心地を覚えては、過ぎゆく景色を黄昏に映す。──斯くして19:40。御調久遠、渋谷に到着。他術師との合流を待つ。)
(2018年10月31日、20:14。帳外、渋谷マークシティ レストランアベニュー入口。)ハハ。 一般人にまで求められるなンて、五条サンってば人気者じゃん。(禪院直毘人特別一級術師他昇級査定中の高専生徒二名と合流。補助監督新田明により状況の説明を受けた後暫しの待機を命じられたが、改造人間が非術師を襲い始めたとの情報を聞き21:22、帳内に突入。ここまで班行動を取っていたが伊地知潔高との連絡が途絶えたことを契機に二班に別れ、高専生徒と補助監督の護衛を兼ねて行動を共にする。道中非術師を襲う改造人間の群れに遭遇し、21:30、二名を先に帳外へと誘導してから孤立。人助けなんて柄じゃないとブツクサ文句を垂れながら、非術師を守り戦いに暮れる。)…………ッハ、(23:00。改造人間というだけあって毒素は薄いが流れ込んでくる記憶は複雑で、数を熟せば肉体への負荷も限界に近い。任務明けに加え、高専に解毒薬を取りに帰る暇もなかったゆえ渋谷に持ち込めた薬は注射器3本分。それも底を尽いた状況で、目の前には特級と思しき呪霊が現れたと来た。ポケットに忍ばせた古びた御守に指先が触れる。万全であるならまだしも斯様に消耗した状態で、隻眼で、特級相手に術式なしの肉弾戦を強いられるなど。どう考えても絶体絶命だというのに、男の面を彩ったのは絶望ではなく愉悦だった。死神の鎌が首に掛かっているこの状況下、どうしようもなく心が高揚して仕方がない。イチかバチか。やってみるか? 帰りを待っていてくれている女がいる。生まれてこの方我が身を縛り続けている、父より授かった名もある。このまま無謀に刃を振るって死ぬくらいなら、試してみるのもいいだろう。想像しろ。構築しろ。出来なければ死ぬだけだ。呪力を練り上げ、両の手で印を結ぶ。口許が不敵に歪んだ。)領域、展開────
(渋谷事変戦況報告。一級術師:御調久遠、生死不明。渋谷ストリーム付近の瓦礫の山より発見された焼け焦げた一本のダガーナイフは御調久遠の所有物と断定されるも、他に生死を特定できるような痕跡は残っておらずのちに暫定的な死亡判定が下される。回収されたダガーナイフは遺留品として高専に保管、数多の呪霊の体液が焼け焦げこびり付いた銀は封印を施されたのち、あかりの届かぬ狭く冷たい鉄箱の中で眠っている。)
(『幸福に満ちた久遠の生を贈ってやりたい』──ゆえの久遠。我が身を縛る呪いの名。否、それは我が身の祝福を祈る音。誰よりも恵まれて生まれた、さいわいな男をこの世に留めていた名だった。)