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【5】(凍星の夜を越えて)

西風千鶴 ♦ 2021/01/29(Fri) 08:37[55]

(連れ去られ、放置されたあと、行政機関に保護された。真新しい服を着ているのも、痩せさらばえていないのも、世話をしてくれる大人がいたから。事前に用意した口上は、些か無理があったように思う。けれど彼女――今給黎朔は、すべて鵜呑みにし、不問とした。“復活の日”以外の一切に、興味を失ったように見えた。兆候、だったのかもしれない。)――逃げて!壁のほうに走って……!(異形の者と成り果てた少女と、血溜まりに転がる無数の骸。千鶴はふるえる声を張りあげ、まだ動ける子どもたちに叫んだ。朔の豹変は想定外でも、術師はここへ集まってきている。出口に向かって逃げればあるいは。それが朔以外は視えぬ千鶴が取れる最善の策だった。)――ッあ……! はな、 せっ……!(不意にコートを掴まれて、バランスを崩し地面に手をつく。スキニーデニムで覆う太腿やふくらはぎが次々切り裂かれ、そこから覗いた生白い肌は瞬く間に鮮血に染まった。視えない。けれど敷地内には、呪いがいると“知っている”。咄嗟に袖から腕を抜き、ブラウス1枚になって振り切った。) ……ぁ………っ(でも、虚勢を張れたのはそこまで。眼前に頭部の捥がれた肉塊、それがあの子どもと気付いた瞬間、足のふるえが止まらなくなった。わたしが、こっちに 逃げろって、言っ  ――脳が理解を拒絶する。悪心が喉元までせり上がる。白い外壁に背を預け、ずるずると力なくしゃがみこんだ。)……きみな り く、(迫りくる死に怯える魂は、あのやわらかなまなざしに焦がれ、彼ひとりだけが持つ名前を呼ぶ。関係ないままでいてほしいのに、来ないで、来ちゃだめと思っているのに。胸にぎゅっと押しつけた両手は、彼の残穢をまとう花札をたいせつに握りしめていた。)

七竈王哉 ♦ 2021/01/30(Sat) 19:00[57]

作戦はシンプルに行こうぜ、殺す・ぜってえ殺す・ぶっ殺すの三段構えだ。……絶対許さねえ。(現場に向かう途中に車内で聞いたあらましに露骨に眉間に皺を寄せた男は、車を降りるなり聳え立つ壁を前に舌打ちとして告げた。隠そうともしない苛立ちは、元より胸糞悪いと嫌悪の対象でしかなかった宗教団体へ向けてのもの。――それから、中にいるらしい少女に対してのもの。過日の会話を思い出す。突然出てきたXの名前。その違和感を無視してはならなかったのだと後悔すれどもう遅い。そも、あの時点で囮作戦について知っていたから何か出来たのかと問われれば答えは否で、その無力さも苛立ちを加速させる一因になる。いつかと同じように壁の上に立って敷地内を見渡せば、眼前に広がる地獄に目を見開いた。聞こえる悲鳴は少なく、されど惨憺たる有様は生存者がもう残り少なくなっているだろうことを言外に告げている。夥しい死体の数、各段に強くなった呪いの気配、――まさかの可能性が脳裏を過ぎったその瞬間、視界の端に彼女の姿を見つければ踏み出す足は殆ど条件反射のようなもの。)千鶴ッ!!!!!!(落下の途中に名前を呼び、叫ぶ。彼女に迫る呪霊との間に立ち塞がるように着地したなら、振り返る間もなく札を取り出し叫んだ。)骨牌幻影、『呼意呼囲』!!「花見で一杯」!「三光」!!(舞う花吹雪と雷光は彼女には見えないだろうが、周囲の呪霊を一先ず遠ざけることは叶ったらしい。そこで勢いよく振り返れば、彼女の顔を正面から睨んで叫ぶ。)こっ…のクソバカ!何黙って出て行ってやがんだボケ!ぶっっっ殺すぞ!!(そうして傷だらけの少女を、片腕でぐいと抱き寄せ胸元に額を押し付けた。生きてる。その事実を確認するみたいに。)

西風千鶴 ♦ 2021/01/31(Sun) 13:25[58]

……ッ、(不意に頭上に影が落ちたような、おぞましい気配に背筋が凍る。視えるとまではいかないが、生死の瀬戸際に立ったことで感度が上がったのかもしれない。眼前にいると思しき呪いを探すふたつの硝子玉は、強がりでは到底隠せない、深い怯えの色に染まる。わたし――死ぬの? 今、ここで。今際の際に浮かぶのは、狐色のいたずらなまなざし。王哉くん。こんなことになってしまうのなら、あのときもっと、 すなおに、)――、…! …っ きみなりくん!(刹那。 焦がれてやまないその声が、鼓膜を強く揺さぶった。見仰いだ空に黒い影。千鶴の、たったひとりの英雄。奇跡のようなその光景は、きっと、生涯忘れられない。はたして――獲物を見つけて急降下する鶻のごとき気高さで、ふたたび、王は舞い降りた。呪い蔓延るましろの檻へ。)ゃ、ッ……!(立て続けの詠唱、突風。千鶴はちいさな悲鳴をあげて、反射的に瞼をかたく閉じた。けれど直後に気配が霧散し、息苦しさがふっと和らぐ。呪霊を祓ったのだと悟り、睫毛をこわごわ持ち上げて――鋭い視線に絡めとられた。間髪入れずぶつけられる怒声。それから、)…っ、……なんで、いるの……っちかづかないでって、いったのに、……(あまりにも物騒な“ご挨拶”と、裏腹にひどく優しいぬくもり。弱々しく言い返しながらも、千鶴は両腕を背中に回す。もういちど助けに来てくれたことが、どうしようもなく、嬉しい。制服をきつく掴む十指が、その切実さを物語っていた。)きみなりくん、けがは…… 呪霊に、みんな、…っ、朔ちゃん、…朔ちゃんが、(必死に紡ぐ単語はどれも、断片的で要領を得ず。)

七竈王哉 ♦ 2021/02/01(Mon) 01:00[59]

(周囲の呪霊は一掃したが、すぐに蠢く呪いの気配を感じて舌打ちをした。特級呪霊がいる状況だ、そう容易く脱出も叶わないだろうと考える。なればこそすぐにでも動き出さなければと思うのに、それでも彼女を抱き寄せたのは呪術師ではなく、七竈自身の欲だ。生きた彼女の熱を、確認したかった。言葉に反して背に回される両腕は、きっと彼女の本音なのだろう。ここに近づくなと言うくせに、縋る両腕が言葉よりもずっと雄弁に彼女の願いを告げているような気がした。片腕で彼女をきつく抱きしめながら、深く長く息を吐く。)任務。どっかの馬鹿が性懲りもなくまた利用されてっから、駆り出されたんだよ。(突き放すような物言いはそのままに、けれど腕は放さない。彼女が生きているという事実に、どうしようもなく安堵した。腕に込めた力を少しだけ緩めて、見下ろすような形で彼女の双眸を真っ直ぐと見据える。この期に及んでまだ他者を心配する彼女の姿は美点ではあるけれど、――王が、準備された心にこそ降り立つと言うのなら。)千鶴、俺に助けられるつもりはあるか? 兄ちゃんのためでも誰のためでもなく、お前が、お前のためだけに生きたいって言うんなら、俺が絶対助けてやる。(彼女の覚悟を問う。救えなかった母の残影ではなく、男が今手を引き未来へと連れて行きたいのは彼女だけだ。)

西風千鶴 ♦ 2021/02/01(Mon) 09:09[60]

(あの日もそうだった。抱き寄せられて体温が混ざると、ぬくもりに恐怖が溶けてゆく。深く安堵して、心がほどける。ふたつの鼓動が重なる音。生きてる。わたしも、王哉くんも。灰青の瞳があわく、滲む。)……利害が一致してたんだよ。Xのこと、放っておけないと思ってたから。…でも、ごめんなさい。心配かけて。(このからだを抱く腕の強さから、彼の心が伝わってくる。その深い優しさに包まれながら、蛮勇を認め素直に詫びた。そうして――苦しいほどの抱擁がほどかれ、そっと顔を上向かせると、強く高潔な王の瞳が千鶴をまっすぐ射抜いていた。俺が絶対助けてやる。凛と響いた迷いなき声に、からだの奥がせつない熱を持つ。)きみなりくん…(まばたきすることさえも忘れて、その顔ばせを一途に見つめた。やがて双眸に新しい、しずかで強いひかりが灯る。薄く、ちいさな唇から、こぼれ落ちる透きとおった願い。)生きたい。(自分のために。自分だけの。心の底から望んでいる。)王哉くんと、っ いきたい……! おねがい、王哉くん……っ、たすけて……!(助けてほしいと請うのは怖い。巻き込み、傷つけてしまうから。だけどもうひとりよがりはやめて、信じる心だけを差し出そう。 あなたと行きたい。 生きてゆきたい。明日を。春を。朝を、夜を――未来を。その手に引かれる覚悟を、決めた。)――なにか、力になれる? 敷地の構造ならわかるけど……。

七竈王哉 ♦ 2021/02/01(Mon) 23:03[61]

クソ程心配した。(彼女の謝罪に、返した言葉はシンプルだ。相変わらず粗雑な物言いは、優しくすることに慣れていない悪癖ゆえ。けれどいつもの調子でぽんぽん口から飛び出す罵倒に、男自身安堵したことなどきっと彼女は知らないだろう。なんせ中の様子も分からず、広がる光景の悲惨さたるや。自身の力が及ぶかもわからぬ状態で、彼女の存在がこの足を、心を、奮い立たせる力をくれている。虚栄だらけの仮初の玉座の上でふんぞり返るだけでなく、ただしく戦える気がした。そうして漸く引き出すことの叶った彼女の言葉に、笑みを象るロ角を持ち上げた。力強い笑みは、されど楽し気な色を滲ませる。)ハッ、言ったな! 任せな。俺がお前を助けてやる、連れて行ってやる! もう一回、外の世界に!(告げた言葉に嘘はなく、今彼女に告げたい気持ちだった。外だけじゃない。その先も。続く日々の向こう側に彼女を連れて行くと誓ったのなら、表情を切り替え鋭い眼差しで周囲を伺う。思考を巡らす。遠くで、低く地鳴りが響いた。五条悟が既に向かっていると聞いていたから、戦闘が始まったのだろうか。ならば今から中に戻れど自分達は足手纏いになるだけだと判断し、彼女に向き直った。今助けるべき最優先は、目の前の彼女だ。)おい千鶴、一先ずお前は先に――……、(外に、と。続けようとした言葉を飲み込む。ざわりと背筋が粟立つ感覚は、今までに感じたことのない類の寒気だった。寒くもないのに、腹底からこみ上げてくる震え。刺すような痛み。肌で感じる呪力は、到底今まで対峙してきたそれとは桁違いであることが分かる。)……ッおい、千鶴!お前、走れるか!?

西風千鶴 ♦ 2021/02/02(Tue) 01:14[62]

(頭上に降ってきた短い声に、瞠目してすこし身動ぐ。心配なんてしてねえよとか、うぬぼれるなブスのくせにとか。そういう台詞が返ってくるこの関係に馴染んでいたから、不意にてらいなく肯定されて思いがけず胸が締めつけられた。ごめんなさいも、ありがとうも、唇がふるえてうまく紡げない。せめてすこしでも伝わるように、這わせた指先に力をこめる。)……っ、うん。 うん……!(もう一回、外の世界に。誓いを宿した彼の笑顔は、勇敢で、とても頼もしかった。深く、深く、何度も頷く。この絶望の冬を越えて、ふたりで明日を掴み取りたい。きっとできる。信じている。唯一を見つめ返す瞳が、月明のようにほのかに光った。)……! この音……朔ちゃんの、(これからのことを尋ねた千鶴は、天災にも似た地鳴りを聞いて戦闘の規模を推し量る。あの恐ろしい姿の少女を、祓うことなどできるのだろうか。動静は気にかかるものの、心を向けるほどの余裕はない。とにかく重荷とならぬよう、指示に従おうと視線を受け止め――ザッと一気に血の気が引いた。寒い。痛い。息苦しい。呪力のない自分にすらわかる。禍々しいものがそこに、いる。)! 走れ――… ッ、…痛……っ(走れる、と踏みしめた足が、鋭い痛みを訴えた。それでも強いストレスにオピオイドが分泌されている間は、多少の無理はきくはずだ。ぐっと強く唇を噛み、ほとんど叫ぶみたいに言い直す。)…る…っ 走れる! こんなの…死ぬのに比べたら、全然、すこしも痛くない……!(虚勢や彼への遠慮ではなく、自分を信じ、鼓舞するために。)

七竈王哉 ♦ 2021/02/02(Tue) 23:04[63]

(きっとずっと、助けてと言われたかった。過去に囚われてばかりの枷が彼女の言葉によって崩れ行くのを感じれば、この手にもう迷いはない。例え近づく呪霊の気配に気圧されそうになっても、やけに澄んだ頭は生きる道を模索する。傷も痛みも何もかもが慣れぬだろうに、それでも折れない彼女の姿を褒めてやりたくとも現今すぐには叶いそうにない。全力疾走は無理か、そも、走れば逃げ切れるという状況でもなさそうだ。――ならば残る手段は、ただひとつ。)痛えよな、しんどいよな。死にたくねえよな、……だから、もうちっとだけ我慢しててくれ。(ぐしゃりと混ぜるように黒髪を撫でれば、静かに彼女に背を向けた。そうして、右手を地面と平行に真っ直ぐ伸ばす。ここから先は俺の領域だと、指し示すように。)……来たな。(帳の降りた暗い闇の中、澱んだ空気の歪から、呪霊が姿を現す。此度の元凶だろう少女によく似たその姿。本体から派生した分身か、恐らく背後の彼女にも少女――ではなく、呪霊の姿は見えているだろう。纏う空気は少しでも気を抜けば意識を持って行かれそうなそれだが、特級程の格の差は感じない。とは言え推察するに準一級、或いはそれ以上。こちらよりも格上だろうということは変わらない。)――骨牌幻影、『呼意呼囲』!!「花見で一杯」!(札を引けば、はらりと舞い散る花弁がいちまい、にまい。風に揺れる静けさは一瞬で、すぐに花嵐が巻き起こる。)千鶴、目伏せとけよ。すぐに終わらせて来てやっから!(振り返らず、そう告げた。力の差があればある程、術式の威力は弱まるし幻影の精度も落ちる。けれど目くらまし程度にはなるだろうと、刀を手にして勢いよく地面を蹴った。目視、凡そ十メートル。このあわいを埋めさせてなるものか。)

西風千鶴 ♦ 2021/02/03(Wed) 15:51[64]

(心を抑圧から解き放って助けを求めた千鶴の姿に、彼の双眸が焔を宿す。千鶴はそのとき、はじめて知った。信じてその手を取ることが、この命をゆだねることが、鎖ではなく力となること。幼子を諭すような口ぶりと、すこし乱暴に髪を梳くてのひら。兄とはまるで違うそれが、いつしかたまらなく好きになっていた。)――、…うん。 わかった。(背を向ける彼を不安そうに見上げ、もの言いたげに唇を開く。けれどその右手に矜持を見たなら、術師の心を尊重し、短い返事で送り出そう。信じてる。負けないで。それから――どうか、死なないで。言葉にならない想いを載せて、その背に一瞬だけ触れた。)………! 朔、ちゃ…ん、じゃ…ない……?(全身を貫く呪いの渦の、中心に佇む異形の少女。喘ぐ呼吸を浅く重ねて、冥くぎらついた目玉を見つめた。怖い。隠れたい。うずくまりたい。けたたましく鳴く本能に、両手をきつく握りしめあらがう。詠唱に舞う数多の花片。突風に思わず両膝をつく。)きゃ…… っ、きみなりく……!(砂埃に瞼も閉ざされるが、遠ざかってゆく声を聞いたならはじかれたように顔を上げた。手で地面を押し上体を起こすと、細く開けた視界にとらえたのは呪霊に詰め寄る彼の背中。瞳の奥がじんと熱くなる。くやしかった。手負いで情けなくへたりこみ、怯えることしかできないなんて。目を伏せておけという指示には背いてしまうことになるけれど、せめてこの瞳だけは逸らさずに、起こるすべてを刻みつけたい。) 王哉くん……っ  ――負けないで!(声のかぎりに叫ぶ祈りが、たったひとりを目指し飛んでゆく。)

七竈王哉 ♦ 2021/02/04(Thu) 22:47[65]

(正義のヒーローなど柄じゃない。けれど背に触れた小さな手だけは、守ってやらなければと思った。正義感や庇護欲とは違う、それでも確かに胸裏に熱を宿すそれを原動力に飛び出して、間合いを保ったまま続け様に札を引く。平素であれば、一発きりの博打のような術式だ。今回だって当然不発はあるけれど、ならば当たりを引き続けるまで。)「猪鹿蝶」!「雨シマ」!──「四光」ッ!!(後にどのような反動に見舞われようと、撤退が叶わない状況ならば戦うしかない。幻影が相手を囲み、花吹雪を裂き雷光が無数に降り注ぐ。少女の形をした呪霊を光の柱が貫くが、それでも倒れない様を見て舌打ちをした。呪力だって、底無しじゃない。札を引く度、肺が内側から削られるような痛みを訴える。吸い込む酸素が燃えるように熱いし、術式の合間に距離を詰められ、繰り出される攻撃が無数に掠めて幾つも男の体に傷を作った。攻撃を刀で受け流し続けるのも、そろそろ限界だろう。頭部の傷から流れた鮮血が、右目の視界を不明瞭にする。まだだ。まだ、足りない。)クッソ、が、しぶてえんだよ!!(口の中に溜まった血を吐き出して、怒鳴るように叫んだ。このまま戦闘が長引けば、 どちらに軍配が上がるかは明白だ。 血を失い過ぎた体がふらりと揺れる。術式は、使えてあと一度きりか。刀を持つ手からも握力が抜けていく。負けの二文字が目の前を過ぎって、そこで思いついた。遍く幸福を対価に札を引けば、或いは。──ああでも、そうだ。命を懸ける最後の術は、彼女の手の中に預けたばかりだ。背後の彼女を振り返る余裕もないけれど、一か八か。刃先を返して軌道を反らすことで致命傷を避け続けていたが、 ふっと一瞬息を吐く。 神経全てを次の攻撃の手を読むことに注いで、目を細めた。)こ、こだッ!!!   あ゛、ぐッ──…!(身を翻して、攻撃を受けたのは態とだ。少女の手が、脇腹を貫く。肉を抉り取られる生々しい感覚に潰れた悲鳴が鮮血と共に唇から溢れ落ちるが、狙い通りだった。片手で身を貫く腕を掴み、もう片方の手は高らかに刀を掲げる。躊躇いなく振り下ろした刃の切先を、少女の背に突き立てた。──俺の勝ちだ。)──ぁ、(肺から押し出された空気と血が、こぷりと音を立てる。力を失った体が、血溜まりの中にそのまま崩れ落ちた。)……ちづ、(音にならない声で名前を呼んだ。無事か。無事だったよな。)

西風千鶴 ♦ 2021/02/05(Fri) 12:20[66]

(瞬間、)    、(音が、消えた。 彼の腹を穿つ呪霊の腕。ゆがむ顔ばせ、飛び散る赤。少女の鋭い爪の先、抉られた肉片までもが見える。信じられないくらいに鮮明で、一時停止した映画のようだった。一瞬が瞳に焼きつけられる。喉が塞がる。息ができない。悪魔の指に握り潰されたかと思うほど心臓が痛かった。)――…り、く……… っ、王哉くん!!!(長い長い数秒の後、聴覚を取り戻した耳は、なにより先にその悲鳴を拾う。次いで自分の叫ぶ声。生きたまま四肢を捥がれた蟲の断末魔にも似たそれは、自分の声じゃないみたいだった。もつれる足で地面を蹴ると、彼のもとへと必死で駆け寄る。精一杯両手を伸ばしたら、抱きとめることは叶うだろうか。できずともすぐに助け起こしたい。血溜まりに躊躇いなく膝をつく。蠢く闇は跡形もなく消え、あたりには花弁が舞うばかり。)王哉くん、…王哉くん……! いるよ。ここにいる…わたしは…っ…大丈夫だから……! 止血、しなくちゃ、 …ごめんなさい……わたし、なんにも…できなくて……っ(自分を呼ばう声に応えながら、視線をあわせようと覗きこむ。恐怖と無力感と、そして――せめぎあう感情に押し流され、千鶴の双眸からぼろぼろと、大粒の涙があふれた。しゃくりあげながらも懸命に、ブラウスの袖を引き破る。赤く染まるパーカーをたくしあげ、傷口に直接布を押しつけて。)見てたよ、きみなりくんが守ってくれたの、ぜんぶ見てた…だから、……っなん で、…いやだ……きみなりくん……死なないで……!

七竈王哉 ♦ 2021/02/06(Sat) 01:58[67]

(塵と化した呪霊の姿を霞む視界の向こう側に捉えたなら、深い安堵が全身に浸潤していく。とっくに痛覚など置き去りにしたこの体は、幸か不幸か痛みを感じないらしい。地面に倒れ込んでも、鈍い衝撃を全身で感じるだけだった。触覚を一時忘れた体は、やけに聴覚だけが鮮明だ。名前を呼ぶ、彼女の声がする。そんなに必死になんなよと言ってやりたかったけれど、うまく言葉を紡げない。)あー……生き、  てんな、   (一度は伏した体が、彼女の腕によって抱き起される。か細い腕にしな垂れかかるように、それでも彼女と正面から目を合わせた。輪郭は殆ど曖昧でその表情すらはっきりと掴めないけれど、泣いているのだろうということはすぐに分かった。はは、と。小さく空気を震わす笑いを零す。)せっかく俺が助けてやったのに、 泣くなよ、ばあか。もっと喜べっつの……。(荒い呼吸の合間に、肺からヒュウヒュウと軽い空気音が鳴る。内臓も傷ついているのだろうというのは経験則で、いよいよ限界か。血に染まった指先で、彼女の頬を撫でてやる。白い肌に、赤の軌跡が一筋走った。)……お前、泣いたらブスになんだから、  笑ってた方がいいぜ、 そっちのが、(――俺は、紡ごうとした言葉は、霞む意識の中に溶けて消えた。力の抜けた上体が限界を訴えて、彼女に全部の体重を預けるように頽れる。遠くで響いていた音は、もう聞こえない。空気の澱みも消え始めている。きっと最強の術師が勝利を収めたのだろう。ならばこの場に補助監督達が来るのも時間の問題か。)

西風千鶴 ♦ 2021/02/06(Sat) 10:03[68]

生きてるよ、……わたしも、きみなりくんも、 いきてる、(抱き起こすからだは脱力していて、非力な腕には堪える重みだ。体制を崩しそうになるけれど、からだを寄せて必死に支えた。虚ろに霞んだ双眸が、どうしようもなく不安を煽る。危険な状態だということは、出血量や呼吸音からも容易に想像できていた。泣くなよと力なく笑う声に、ますます涙が止まらなくなる。「だって……!」抗議しようとして、けれどぐっと言葉を飲み込んだ。それよりも伝えるべきことが、伝えたいことが、あったから。)きみなりくん、 きてくれて、――…たすけてくれて、っ  …ありがとう……っ(糸雨のようにかぼそい声で、あふれる想いを懸命に紡ぐ。やがてその指が頬に触れたなら、上から自身の手を重ねあわせぎゅっと強く握りしめよう。そして、) きみなりくん…?……っ、王哉くん!(とうとう、彼が意識を手放す。傷ついた体躯を抱きとめて、何度も何度も名前を呼んだ。繋ぎとめたい一心で。補助監督がその声を聞きつけ、ふたりの元へとやってくるまで。)

(呪術高専に戻るとすぐに、反転術式が施された。たちどころに傷が塞がる足に瞳をまるくしていると、家入硝子が淡々と告げる。「七竈は時間かかるから、その間にシャワー浴びておいで」。深く頭を下げ、部屋をあとにした。)…きみなりくん………(血泥を落として訪れたのは、医務室か、あるいは彼の自室か。千鶴はベッドの脇に座って、彼の手を両手で包みこんでいた。彼の意識が戻るまで、あるいはおとなに追い出されるまで、ずっとそばにいるつもりだろう。フレアスカートから覗く足には、傷痕ひとつ残っていない。隠れているが、無論太腿も。眠る顔ばせをそっと見つめる。彼も自分とおなじように、すっかり治せたのだろうか。)

七竈王哉 ♦ 2021/02/07(Sun) 23:57[69]

(朦朧とする意識の中、自分を呼ぶ彼女の声だけを聞いていた。きみなりくん。何度も飽きもせずによく呼ぶなと思うのに、何度だって呼ばれたいとも思うから不思議だった。彼女の声が、今、男をこの世に繋ぎ止める術だった。彼女の体に体重全部を預けて、こちらも名前を呼び返そうとするけれど力が入らず、――そこで意識が途絶えたから、その後のことは何も知らない。再び目が覚めた時、まず最初に飛び込んできたのは見慣れた医務室の天井だった。いつ捨てても構わないと思っていた命の墓場は、どうやらここではなかったらしい。)……んだよ、 お前。ずっと待ってたんか?(続けて、視線を横にずらす。当たり前みたいにそこにいる彼女に対し、紡いだ声は擦れているけれど聞き取れない程ではない筈。恐らく反転術式が施されたのだろうと、握られていない方の手は確認のために閉じて開いてを繰り返す。関節の可動に問題はないし、風穴が空いた筈の腹部の痛みもない。相変わらずすげえ術式だなとぼんやり考えながら、小さく唇を開いた。)      (されど音は紡げず、零れた呼気が微かに空気を震わすのみ。少しばかり困ったように眉尻を下げて、片手でちょいと手招き。声が届くまで近づけと、そんな訴えだった。)

西風千鶴〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 01:30[70]

(眠る彼の手をけして離さぬまま、どのくらいそうしていたのだろう。ほんの数十分だったようにも、数時間だったようにも思う。)! 王哉くん……っ 大丈夫……?! 待ってた、 …待ちくたびれたよ……王哉くん、ぜんぜん…起きないから……っ(意識が戻ったことに気づいて、瞳にふっと安堵が載った。つっけんどんな口ぶりに負けじと恨み節を紡いだけれど、やわらかくほころぶまなじりがよほど素直に喜びを伝えるだろう。彼のようすを窺えば、声こそ平素の覇気がないものの痛みは感じていないと見える。家入硝子の施術にあらためて深い敬意を表すとともに、後日きちんとお礼に行かなきゃと心に書き留めた、そのとき――彼の唇がなにか言いたげに薄く開くのに気がついた。けれど耳朶に触れる音はなく、不思議そうに首をかしぐも、)なあに……、 ……! どこか痛い? 硝子先生、 呼ぼうか、(患部の異変かと思い至れば、瞳がおろおろと不安げに揺れた。招く手にいざなわれて立ち上がり、ベッドの手前側に両手をつく。そして半ば覆いかぶさるように、そっとからだを彼へと寄せた。重力にしたがう黒髪が、肩口をさらりと撫でては落ちる。無意識のうちに息を詰め、紡がれる音をしずかに待った。表情の変化を見落とさぬよう、じっとその顔ばせを見つめながら。)

七竈王哉〆 ♦ 2021/02/08(Mon) 02:09[71]

(意識が鮮明になれば、伴って視界も明るくなる。少し見た限りでは、彼女の傷跡だってひとつも残らず消えているようだった。それに内心安堵の息を零す。本来、呪霊や血生臭い争いとは無縁の少女なのだ。彼女の白い肌に、痛々しい傷跡など似合わない。そうして彼女が求めた通りにあわいを埋めてくれたのなら、それで十分。視線が重なった瞬間に緩んだ口元には、きっと平素の悪ガキ然とした笑みが宿る。伸ばした両腕が、迷うことなく彼女の体を抱き寄せた。)千鶴。(名前を呼んだ。)千鶴。(もう一度呼ぶ。彼女の存在を、その命の輪郭を、温もりを、確かめたくて仕方がなかった。重なる肌から伝わるのは、生きた人間の温度だ。この手が初めて守りたいものを守り抜くことが叶ったのだと、確かな実感が温度を伴い胸裏を満たしていく。あえかな熱が内側に浸潤していく未知の感覚を、何と呼ぶべきかはもう疾うに知っていた。過去の亡霊、捨てきれなかった悔恨、母の記憶、――すべてが、溜息に溶けて消えていく。無力な己を呪い続けた過去に決別したのなら、この情動を音にする躊躇いなど捨て置いた。彼女を抱きしめその肩口に額を埋めたまま、小さく囁く。)好きだ。お前のことが、すっげえ好き。なあ千鶴、俺の命はもうお前にくれてやったからさ。お前の全部も、俺にくれねえ?(紡いだ言葉は、告げてみれば存外簡単な感情だったことを今以て思い知る。――過日渡した鳳凰札。それがなければ、男の身に降り注ぐ“最悪”の不幸は免れるだろう。切り札を預ける所業は術師にあるまじき其れかもしれないが、それでも決めたのだ。この命は、彼女のために。)……Xの戦いで結構無理しちまったからさ、このままだと、俺の不幸に巻き込まれちまうかもね。(彼女の言葉を待たずに、続けた言葉はいつかの昼下がりをなぞるもの。けれど違うのは、その先に続く言葉が疑問を成していないこと。きっとこの身にこれから先も降り注ぐ不幸は変えられない、避けられない。その側にいる彼女にだって被害が及ぶ可能性もあるけれど、)……俺が守ってやるからさ。ずっと側にいろよ。(そう言って、柔らかな黒髪をくしゃりと撫でる。そこが限界だった。傷は治れど、消耗した体力まで完全に取り戻したわけではないらしい。彼女の温もりを感じながら、閉じた双眸の奥で再び柔らかな微睡に手を引かれる。未来への答え合わせは、まだ少し先。)

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