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【4】(春風、未だ吹かず。)

七竈王哉 ♦ 2021/01/21(Thu) 02:12[40]

(呪術師は万年人手不足だということは周知の事実。けれどいざ等級が上がれば、想像していたよりもずっと多忙を極めた現実に早くも忙殺されそうになってしまう。昇級を告げられて以降殆ど出ずっぱりだったから、久しぶりに戻って来てまず彼女の顔を見に行こうとして――やめた。護衛任務はどうやら今日で終わりを迎えるらしいし、ならばこのまま顔を合わせなければ今後の縁も希薄になっていくだろう。それがきっと、最良だ。彼女にとっても、自分にとっても。胸裏でそう断じて、高専内の休憩室にやって来た男はテーブルの上に保健室から拝借してきた救急箱を広げる。顔に擦り傷、腕に切り傷、それから膝には青痣。服を脱げばそれ以外にも多数の傷跡が目視出来るだろう。任務の最中に負った傷もあれば、術式の反動として負った傷だってあった。)……ま、こんくらいで済めば良しってな。(独り言ちて、まだ真新しい右腕の傷に消毒液をぶっかけた。雑な手当だが、ないよりマシだろう。三級の時よりも当然手強い相手と対峙していたから、もっと大きな怪我をすると思っていたのに。予想よりもずっと軽いそれをどこか他人事のように見下ろしながら、淡々と手当をする指先は平素雑さが前面に押し出される男にしては手慣れたものだった。)

西風千鶴 ♦ 2021/01/21(Thu) 11:16[41]

お引き受けします。(一も二もなく頷いた。内心ずっと気になっていたから。ひとつ叶えば欲が出るもので、自分が助かった途端に、ではほかの子もと願ってしまった。皆を解放したいなら、頭を潰すほかに術はない。作戦には賛成だ、ただし、)……戻るのは全員ですか? 数を絞ることは…… せめて白亜ちゃんと一期ちゃんだけでも、(囮役はひとりでも少なく、とりわけ若いふたりはと、生意気に意見したけれど――微笑まれたならそれだけで、金縛りみたいに動けなくなる。おだやかなのに圧倒された。覆らないと、目が言っていた。しずかになった千鶴に対し、男はなおも言葉を継ぐ。ふたたび顔色を変えたのは、彼の名前が出たときだった。)――…、この任務、きみ、……七竈くんも、参加するんですか?(――彼とはしばらく、顔を合わせてない。任務続きで忙しそうだと、男子生徒が教えてくれた。聞きたいことはたくさんある。でもうまく話せる自信がないから、いっそ会いたくない気もしていた。それなのに。)あ。…、…帰ってきてたなら、声かけてくれたらいいのに。わたしの護衛、一応今日までなんですけど。(気晴らしに勉強でもと訪れた休憩室で鉢合わせるとは。咄嗟の口ぶりは可愛げがないが、遠目にもわかるいくつもの怪我に、瞳は悲しげに揺れるだろう。まっすぐそばまで歩いてゆくと、向かいの席に腰掛けた。)………ひどい顔。傷だらけだよ。(そっと伸ばした右の手は、けれど触れることはできないままで。)

七竈王哉 ♦ 2021/01/22(Fri) 00:40[42]

(不在の間に何が起きていたかなど、当然知る由もなかった。知ったところで上層部の決定を覆せる程の力だってないのだから、何の意味もないのだけど。消毒が済んだ傷口に包帯を巻こうとしていると、ふと投げかけられた声に顔を上げる。いつの間にかすっかり聞き慣れた声の主が誰かなど姿を確認せずともわかるから、若干眉間に皺を寄せてしまったのはどこか後ろめたさがあったからだ。)おお、そういや今日までだったっけな。悪い、忘れてたわ。(何てことない風采で告げた言葉が嘘であると、決して合わない視線が言外に告げていたかもしれない。彼女が正面に座ったのに気づきながらも、視線はもたつく手元に落としたまま。それでも一瞬だけ持ち上げた狐色に映った彼女の顔に、小さく吐き出した。)……ひでえ顔してんのはどっちだよ。ブス。(最早馴染んだ悪態は挨拶になりつつあるだろう。怒るだろうか。呆れるだろうか。それとも。どうだってよかった。今にも泣きそうな顔をされる以外なら、何だって。今日で護衛が終わるのならば、明日以降彼女と顔を合わせる機会だってそうなくなるだろう。いつの間にか内側に踏み込ませ過ぎた存在を遠ざけたいと思いながら、バツが悪そうに溜息を吐いてがしがしと癖のある自分の髪を掻き混ぜた。それから「ん」と腕を差し出して、)……千鶴、お前手当とか出来る? お勉強の成果ってやつ、見せてくんね?

西風千鶴 ♦ 2021/01/22(Fri) 12:45[43]

(こちらを見ない。視線が合わない。それだけのことで傷ついて、千鶴は分厚い問題集を両腕でぎゅっと抱きしめた。「職務怠慢だ」と茶化す声も、ぎこちないものになってしまう。近くにいるのに遠く感じるのは、心が離れようとしているから。それをさみしいと思う自分は、気のせいなんかじゃないのだろう。)……ふふ。「ブス」しか悪口知らないの?国語辞典貸してあげましょうか。(こんなにひどい悪態だって、“いつもどおり”なら嬉しいのだから。表情がそっと、甘くほころぶ。)…え?(なにから話そうか迷っていると、ずいと差し出された右腕。言葉の意味を理解すれば、「任せて。」と口角を上げた。)Xにいたとき、自分の足で何回も練習したの。ミイラごっこ? 私もやりたい! って、ちびちゃんが集まってきちゃって…(にぎやかだったなとつぶやく。懐かしむ瞳を淡く細めると、慣れたようすで包帯を手にした。そうして――処置は止めぬまま、視線も手元に落としたままで、千鶴はしずかに唇を開く。)きみなりくんは、……どうして呪術師を、してるの?(こんなにも、たくさんの傷を負ってまで。 言外にそう続けたことが、白を撫でる手に滲んでいる。千鶴は伏せた睫毛を持ち上げ、じっと彼の狐色を見つめた。話してもらえるとは思ってない。そこが彼の深淵なら、なおさら。それでも尋ねずにいられなかった。無意識のうちに非力な両手で、彼の手をそっと包みこんでいた。)

七竈王哉 ♦ 2021/01/23(Sat) 02:36[44]

(口にするたび不興を買っていた筈の悪口が彼女の笑みを誘引するに足る理由になったことを見て取れば、また眉間にひとつ皺を刻んだ。甘ったるい変化だ。なんてことない悪態付きの応酬が、ふたりの間で当たり前となっていることがひどく居心地がよくて、悪い。)……上手いじゃん。体力はゴミカスだけど、こっちは上手いのな。(慣れた手つきで巻かれる包帯を見遣りながら、素直ではない称賛を向ける。彼女の口から紡がれるXの話に耳を傾けているその途中、――ふと投げかけられた疑問符に、一瞬ぴくりと肩が震えた。けれど次の瞬間にはひとつの溜息と共に、僅かに滲んだ動揺は消してしまえ。非力なその手には何の力もない筈なのに、振り払えない理由はさて何だろう。ただの気紛れだと胸中己に言い聞かせながら、)……金が欲しいから。一人で生きていけるだけの力が欲しいから。大層な理由なんてねえよ。(答えとして差し出した言葉は、どれも本音だ。母を喪ったあの日から、ずっと自分のためだけに生きてきた。中途半端な真実を掲げ、次いで言葉が無意識に零れ落ちる。)お前は、何で兄ちゃんのために自分のこと犠牲に出来んの。(手を包み込む温もりは振り払わぬまま、夜を見つめながら問いかけた。初めて出会ったあの日から、ずっと疑問がこの胸から消えてくれない。)――…何かのためにテメェが犠牲になるとか、クソくらえだって思わねえ?

西風千鶴 ♦ 2021/01/23(Sat) 13:09[45]

ゴミカ……、まあ、伊達に勉強ばっかりしてませんから。(体力不足を指摘されればぐうの音も出ず口ごもるけれど、処置は問題ないようだ。内心すこしホッとしながら包帯を巻いているさなか、かすかにふるえた肩を見た。からだに触れていなければ、気づかないほどの小さな動揺。大丈夫?と尋ねようとして開きかけた唇はけれど、彼の返答に遮られる。)……そう。だけど一人で生きることだって、まっとうで、大層な理由でしょう。……五条先生から聞いたよ。 きみなりくん。二級昇級、おめでとう。(知りたいと伸ばした指先が上澄みをすべることしか叶わずとも、千鶴はおだやかな笑みを浮かべた。昇級で危険が増すと思えば手放しでは喜べないが、評価された証でもあるそれをきちんと祝福したかった。 そうして。)――…好きだから。(まっすぐに射抜くまなざしと、凛と澄んだ声がこたえを紡ぐ。兄を、家族を愛している。それがいちばんで、唯一だった。初めての夜とおなじ問いかけはあの日の無邪気さを失って、まるで違う音に聞こえる。かいなを広げ受け入れるように、その双眸を見つめ返した。)思うよ。思ってた。理不尽だ、救済なんて嘘ばっかりって。……でも、からだが勝手に動いちゃったの。好きだから。守ってあげたかったから。(口元を優しくほころばせ、夜の色した瞳を細める。背中をそっと撫でるような、しずかで、おとなびた微笑みだった。)自分自身が傷つくよりも、痛いことってあるんだよ。だから犠牲なんて思ってない。助けたこと、後悔もしてない。きっと何回やり直せても……わたし、おなじ道を選ぶと思う。

七竈王哉 ♦ 2021/01/23(Sat) 23:42[46]

(自分の掲げる理由が、誰にも手放しで称賛されるものではないとは自覚している。我慾濡れの願望を呆れたと笑ってくれりゃ楽なのに、肯定されれば途端息苦しくなってしまう。向けられた祝辞に「おん」と零した曖昧な二文字は質量を伴わぬ空返事だった。そうしてかち合った双眸と、瞳よりもずっと鋭利な一言に、――しまったと、後悔したところで遅かった。返って来る答えは半ば予想出来ていたのに、彼女が口にすることで曖昧だった予想が輪郭を伴って眼前に叩きつけられる。似ているのだ、やっぱり。自分を犠牲にしてこの身を庇った、母に。)……好きだから、自分が犠牲になってでも相手を守りたいってか。おー、そりゃ大層なことで。お前の家族はさあ、千鶴が死ぬかもってわかっててそのやり方肯定してんの?お前にどんだけご立派で美しい志があっても、傍から見りゃ妹の命犠牲にしてのうのうと生きてる兄なんてクソに見えっけど。(一度決壊を迎えた言葉は宛らダムの放流が如く止まってくれなくて、踏み込み過ぎたと気づいたところで唇を結ぶ。鈍色した罪悪感がどろりと腹底に広がるけれど、謝罪は終ぞ口に出来なかった。例えどんな道を選ぼうが何をしようが、それは彼女と兄の領域だ。己に関係ないことだと理解しているのに、目を反らすには彼女は特別になり過ぎた。手持ち無沙汰に視線が彷徨って、指先が意味もなく彼女の手の甲をなぞって一拍後、)……俺は、お前のそういうところが、すげえ嫌い。

西風千鶴 ♦ 2021/01/24(Sun) 21:11[47]

それは……っ、………、(少年から噴き出した衝動に、千鶴はおどろいて瞳を揺らす。違う、違うとかぶりを振って、唇を強く噛み締めた。考えないようにしてきたことを指摘され足元が崩れてゆく。嫌いと言われ、胸が抉られる。さらに滲んだ夜の虹彩が彼の顔ばせを映じたならば、それらとは違う痛みでも心が潰されてしまいそうだった。どうしてそんなにさみしそうな――。魔法の夜にも思ったこと。手の甲にそっと触れる指先。それがこの男の子の優しさで、怯えで、苦しみなのだろうか。)……。のうのうと生きてなんて、いないよ。お兄ちゃん、ずっと苦しんでる。自分のこと許せないでいる。わたしを忘れずに生きることが、贖罪なんだって信じて……(重なった手に視線を落とす。冷たくふるえている指は、わたしと彼、どちらのものだろう。)優しいひと。だから助けてあげたかった。本当に後悔してないし……犠牲だとも、思ってない、……っけど、(けど。 そこで一度、言葉を切る。それからゆっくりと顔を持ち上げ、もういちどその瞳を見つめたい。)千鶴も一緒に、家族でいようって、ほんとは……言ってほしかった……っ(絞り出す声は悲鳴に似る。彼の濁流に押し流されて、3年間抑えてきた孤独がとうとう瞳からこぼれ落ちた。)思ってた。助けて、早く会いにきてって。だけど自分で決めたことだし、わたしがやめたらお兄ちゃんが……っ  …わかってるよ、馬鹿だって。わかってるから……そんなひどいこと、っ、 言わないで……(幼い子どものように泣きじゃくる。彼の手を強く握りしめたままで。)嫌いだって言われたって……どうしたらいいか、わかんないよ……

七竈王哉 ♦ 2021/01/25(Mon) 16:50[48]

(一方的に彼女の領域に踏み込んで踏み荒らして、何がしたかったというわけではない。きっと、ただ知りたかっただけだ。清く優しく清廉な少女が、その内に何を抱えていたのか。夜空に星が瞬くみたいに涙が溢れたその瞬間に、胸裏に場違いな安堵が滲む。いっそ聖人君子と名乗られた方が納得出来るくらいの清らかな聖域が取り払われて、顔を出した十七歳の本音は居心地がよかった。兄を守りたかったのだという、その気持ちだって紛れもない本心なのだろうけど。)何でそれ、家族とか兄ちゃんに言わなかったんだよ。ばあか。言えばよかっただろ、寂しいもう無理、私頑張ったから迎えに来てってさ。(きっとそれが叶わぬ状況だったのだろうと推察もするけれど、彼女の涙を目の前にしたところで相変わらず零す言葉に遠慮はない。その代わり、ただ表面をなぞるだけだった指先に力を込めて、ぎゅうとその白い手を握り締めた。彼女のかたちを、確かめるみたいに。静かに立ち上がり、空いた片手は迷いを浸潤させることもなく彼女の黒髪に触れる。輪郭を確かめるように頬を撫で、それから後頭部に手を回してその体を引き寄せた。20cmの身長差、加えて体力ゴミカスの少女と鍛えた男だ。多少抵抗されようと、その体を腕の中に閉じ込めてしまうことは容易かったろう。嫌いだと断じる少女を扱うには、随分と甘っちょろいカの入れ具合だったけど。そのつむじに顎を乗せるようにして、はあとため息を零した。献身と恐怖と寂寞と、入り乱れた感情をすべて抱え込むにはこの体躯は細すぎる。)千鶴、お前これからどうしたいの。護衛も終わりらしいし、いつまでもここにいるわけじゃねえんだろ。帰んの?家族のとことか。

西風千鶴 ♦ 2021/01/26(Tue) 00:04[49]

(たぶん、ずっと限界だった。膨らませすぎた風船のようにからだを圧迫していたそれを、彼が破裂させ、解放してくれた。きっと自分は泣きたかったのだ。強がらずに涙を見せて、助けてとだれかに叫びたかった。)そんなの…(弱々しく首を左右に振り、できなかったって伝えたがる。ばあかと詰る声のあまやかさや包みこんでくれる手のぬくもりが、千鶴を幼く、脆いものにした。彼の動きを追うように、濡れた顔ばせを持ち上げる。髪に触れる手の優しさに、大切に扱われているのだと勘違いしてしまいそうだった。その指が頬をすべるなら、はらはらと涙をこぼしながら一心に彼だけを見つめるだろう。手は耳を掠めふたたび頭へ。そして不意に重心が傾き――)ぁ、……っ(次の瞬間、抱き寄せられていた。逃げる手段だったあの日とは違う、ただそばに在るためだけの抱擁。ひときわおおきく鼓動が跳ねて、くらくらと甘い眩暈がした。広い胸。頭上に感じる彼の重み。「き、きみなりく…」声が上擦る。すこし冷静を取り戻せたのは、“これから”の話が出たころだった。)…帰らない、かもしれない。……すぐには。(Xを殲滅するまではという、作戦に関わる部分は伏せて。代わりにぎこちなくおずおずと、その背中に手のひらを這わせた。)どうなるかは、わからないけど…どうしたいかっていう質問なら。 もしここを出てもきみなりくんと、……また遊びに行きたいなって、思う。(その胸にきつく顔をうずめ、千鶴はあしたを切望する。まとわりつく死の影を引き剥がし、彼を世界に繋ぎとめるように。)

七竈王哉 ♦ 2021/01/27(Wed) 00:46[50]

(自分以外に何ひとつ武器を持たぬ少女が何を抱え込んできたのか、男がすべてを知る術はない。けれどそれでも、苦しさの一端は嫌という程に伝わってくる。この腕が抱きしめた相手は、さて誰だっただろう。彼女を見ていると思い出す。救えなかった、たったひとりの大切だった人。彼女に母の面影を見たのだと自覚したのは初めての邂逅を果たしたすぐ後で、随分と勝手に拗らせて今日に至ったものだと我ながら呆れるけれど、そうした身勝手さも今日で終わりだ。この腕が抱くのは、過去に遺した悔恨の残影ではない。西風千鶴という、一人の少女だ。少女の輪郭に自ら触れて初めて気が付くだなんて、これまた呆れた話でもあるけれど。少女の熱を腕に閉じ込めながら、問うたことへの質問が返ってくれば彼女の頭に顎を乗っけたまま視線だけが窓の外を仰ぎ見る。背中に這う熱を拒絶はせず、境界線を失って曖昧になっていくふたりぶんの温度が思考もぐずぐずに溶かしていくような心地を覚えた。)お前、あったけえのな。(零した言葉は、場違いなそれだったかもしれない。けれど純粋な感想だった。春の訪れを感じさせるようなこの少女が感じさせてくれる温もりに浸っていられたらきっと幸せだろうと思うのに、)……約束は、してやれねえや。(胸に少女を抱き留めながら言うには、きっとあまりに不釣り合いな言葉だった。ここで口約束を交わすのは容易く、誠実と掛け離れた男なのだから平素であればそうしていたろう。けれど彼女を数多大勢ではなく西風千鶴だと認識する程に、反して誤魔化しが苦手になっていく。)

西風千鶴 ♦ 2021/01/27(Wed) 14:25[51]

(踏み込んだかと思えば離れ、嫌いと言いながら触れてくる。なにを考えているかわからず、もどかしかったし、苦しかった。けれど今――髪を、頬を、そっと撫でる彼を、わからないとどうして言えるだろう。千鶴のことを考えている。おのれの腕の中で泣く、西風千鶴そのひとのことを。触れた肌からそれが伝わるから、やわらかな朝のひかりがふるように千鶴のこころは満ちてゆく。このまま時間が止まればいいのに。ふたりぶんの温度は幸福で、けれどせつなくて、かなしかった。)――…生きてるからだよ。(ほろりこぼれた彼の感慨に、短くそれだけの言葉を返す。あなたが救った命だよ。たしかな体温を伝えたがって、痛いくらいに顔を押しつけた。Xを脱出した千鶴より、今、死に近いのは彼の方。それに気付いたあの日から、ずっと怖くてたまらない。だからあしたを求めてしまう。生きているという確約を。けれど頷いてもらえないことも、心のどこかで予感していた。きゅっと噛みしめた唇は、彼に悟られぬままだといい。)…、そっか。(最後にもういちど強く抱きしめ、名残惜しそうに腕をほどく。その胸元に手を添えて、下から狐色を覗きこんだ。ほのかな慕情の滲む双眸で、さみしげにそっと笑ってみせる。)でも、意外。やだとかブスとか、言わないんだね。努力はしてくれるって、期待しててもいいのかな。(わざと煽るような口ぶり。それからやおら顔をうつむかせ――右手首のアミュレットをはずすと、彼の手首にそっと回そうと。)……これ、貸してあげる。わたしこのあいだ、自動販売機であたりが出たの。そのときの運を、あなたにあげる。(「石ころくらいは避けられるかも」冗談めかして続けたあと、冴えた瞳で彼を見つめて、)――…気をつけてね。王哉くん。無茶は、しないで、……なるべく。(難しいとわかっていても。そう乞わずにはいられなかった。)

七竈王哉 ♦ 2021/01/28(Thu) 02:48[52]

(嫌いだ。苦手だ。今もその感情は変わらないけれど、ひとつひとつと情操を取り除いて底を見れば、それらが何に起因しているかなど明白だ。ただ、認めるのがひどく怖いだけで。死と隣り合わせに生きる男はどうしたって彼女の最期だって予想してしまうけれど、それ以上に、)俺が死んだら、お前泣くんだろーな。(胸に彼女を抱き留めたまま、小さく零す。一度触れてしまえば喪失の反動が殊更大きくなることを知っているから、容易く彼女に己との未来を託せぬ選択は逃げだろうか。腕の中から抜けていけば、数分前よりやけに冬の寒さが染みる気がした。)ブスって言われんの、結構癖になってきた? その年で変な性癖開花させんなっつの。俺に期待しても馬鹿見るだけだぜ、やめとけやめとけ。(此方を覗く双眸に、ふっと抜けるような笑みと共に返した眼差しは言葉とは裏腹に幾分柔らかな色を滲ませていたろう。これが最後の邂逅であるならば随分穏やかな幕引きだ。けれどどうやら彼女は、何があったって男を死地へ向かわせてはくれないらしい。されるがままに委ねた手首に回されたアミュレットを軽く掲げて見遣りながら、胸裏で小さく零す。――呪いだ。死ねない理由を課されることが苦しくて、けれどそれを突っ撥ねることの方がもっとしんどいのだろうなと理解しているから嫌になる。はあと零した溜息は聊か大袈裟だったか。石ころくらいじゃなんも変わんねえよと言いながら、きっと口角は上がっていた。相変わらず彼女の希求に素直に頷くことは出来ず、されど否定も口にしない。それが譲歩と彼女だけに見せる甘さの限界点。それから彼女を見下ろして、)物寄越されっぱなしっつーのも癪だよなあ。借り作ってるみてえ。ほら、手出せ。

西風千鶴 ♦ 2021/01/28(Thu) 13:38[53]

(軽薄に見える笑顔の奥で、怯え、なにかを拒絶しているひと。理由を知りたいのではなく、メシアになりたいのでもなく、ただ救われてほしかったのだと千鶴はようやく気がついた。すべてをつぶさに聞かずとも、寄り添うことはできるから。そうしていつかこの想いが、僅かでも彼を癒せたらいい。)……っ 縁起でもないこと言わないで。(一瞬言葉に詰まったあとで、弱々しい語調で噛みついた。明確に口にしなくとも、その悲痛な声が答えだった。からだを離すと物足りない、どこか不完全な心地がする。彼の熱だけが持つ多幸感を、知ってしまったせいだろうか。)…変な性癖はそっちでしょ。嫌いな相手にこんな、……、…勘違いされるよ。多方面に。(これまで見たこともないような、やわらかな笑みに鼓動が跳ねる。誤魔化すようにまばたき数回、それからスキンシップに関しての苦言かつ苦情をここで呈した。「あなたは慣れてるんでしょうけど…」手を動かす間もそれは止まらず。――手首に巻きつけたサテンコードが、枷になることを知っている。それでも嵌める。疎まれてでも。死にたくないと話す一方で、死ねる場所を探してもいるような、この手をここに留められるなら。)伊地知さんのこと、いじめないでね。もう18歳なんだから、好き嫌いせずピーマンも食べて。それと、――…Xには、近付かないで。言われなくともでしょうけど。(ついでとばかりに並べた小言にひそませた最後のひとつは、懇願であり、祈りでもあった。そこで紡がれた意外な言葉に、くるりと瞳をまるくする。「案外律儀だね」と笑いながら、右手を彼のほうへと伸ばそう。)

七竈王哉〆 ♦ 2021/01/29(Fri) 02:22[54]

(苦言苦情には渋い顔。お説教の類は願い下げと言わんばかりの表情だって結局いつもの戯れの範疇であるのに、怪訝に眉間の皺を深くしたのは付随した言葉のせいだ。X。聞くだけで相変わらず反吐が出そうなその単語を、なぜ彼女が今口に出したのか――幾つかの可能性が脳裏を過ぎって、結局答えを見つける術は持たぬから曖昧な疑問は溜息に帰結。)人に何か言うならまず自分から、っていい子の千鶴ちゃんは知ってる? 俺にそう言うんなら、お前もだよ。何考えてっか知らねえけど、危ないことはすんなよ。死なれても目覚め悪ぃし。(ぶっきらぼうな言葉はされど本音だ。折角この手で助け出した相手なのだから、危険に首を突っ込むことだけは遠慮願いたい。雑な忠告を向ける男は、当然彼女が現今どのような状況に置かれているかなど知る由もなかった。そうして差し出されたてのひらに、)やる。ま、お前が持ってても何も意味ねえんだけど。(乗っけたのは、制服のポケットに突っ込んでいた花札から取り出した一枚。桐の鳳凰柄。呪力の籠った札だから、非術師の彼女にとってはただの紙だ。それゆえこれは、やると称しながらも男のためであることは秘したまま。残りの札の山を再びポケットに雑に突っ込めば、さてそろそろ頃合いか。)んじゃ、俺そろそろ行くわ。手当どーも。(ひらりと手を振り立ち去る所作に、感慨も焦燥も滲まない。なんせ護衛が終わると雖も、彼女らがこの地に暫く身をおくのだと当たり前に信じているのだから。自室に戻る道すがら、ふと視線を落とした手首に巻かれた不慣れな物に指をひっかけて、 やめた。重い重いと思いながら、畢竟、突き放すことなど出来ないのだ。到底他人に許すことなどないと思っていた甘ったるい境界を正面から認めてしまえば、いっそ楽になれるのだろうか。なりたいのだろうか。自問自答の答えは、 )

西風千鶴〆 ♦ 2021/01/30(Sat) 08:33[56]

(約束できないことはできないときちんと言葉にしてくれる彼は、とても残酷で、とても優しい。おなじように彼がくれた言葉に曖昧に笑う“いい子”より、ずっと誠実なひとだとも思う。教団の名前を出したのは、すこし不自然だっただろうか。いぶかしげな瞳をじっと見る。嘘を吐くと男は目を逸らすが、女は逸らさないことが多い。いつか読んだ心理学の本に、そんな研究が記されていた。)………うん。(沈黙ののちの短いそれは、相槌なのか肯定なのか。けれどそっと細められた瞳にじんわりと滲んだひかりは、まごうことなき本当だった。死ぬなという彼の言葉が、いもしない神の加護よりも強く、自分を守ってくれる気がして。死んでほしくないと思う気持ちが、おそろいだったのが嬉しくて。)これ……、えっ? でも、大切なものなんじゃ……(載せられたそれを両手で包み、戸惑う瞳で彼を見上げた。20点札の『桐に鳳凰』。術式に必要不可欠のそれは、なんの変哲もない紙なのに命を預かる重みがした。意味がないならどうしてと尋ねたがる唇は間に合わず、この霊鳥の戻るべき山は彼の手によって隠されてしまう。そのまま立ち去ろうとする姿に物言いたげなまなざしが向くのは、ほどなく事態が急転するのを千鶴だけが知っているせいだろう。そうして――素直に泣かせてくれたことも、そっと抱きしめてくれたことも、この花札のことだって、ろくに感謝も告げられないで、あっけなく逢瀬は幕を閉じる。)…、どういたしまして。おだいじに。(顔の横で振り返した右手は、彼が扉を閉めたあともまだ、しばらくおろせないままでいた。)

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