七竈王哉〆 ♦ 2021/01/18(Mon) 18:03[38]
ま、そりゃ当然だわな。(突然呼び止められたかと思えば、まるで挨拶を交わす軽い調子で昇級を告げられた男の態度は平素と然程変わらなかったろう。さもありなん。グラウンドの端に位置するベンチに腰掛けながら、両手を温めるコーンポタージュの缶は移動の道すがら教師にねだったものだった。)遅いくらいだっつの。だって先生、俺よ?なんなら二級すっ飛ばして一級とかどう?したらすぐ金も稼げるし、言うことないんだけど。 (木枯らしの吹き荒ぶ冬色の景観とは裏腹に、 零す言葉はからからと明るい。金を稼ぎたいというのは、呪術師を目指した端的な理由のひとつだった。そこに至るまでの家族との諍いはさておき、今も変わらぬ真実だ。力を手に入れれば、金を稼げるようになれば、己が嫌っていた自分を塗り替えられるような気がした。けれどその実、──王哉にはまだ早いね──冗談めかした風采の教師の言葉に、自信に満ちた相貌が瞬間崩れる。)…やっぱ先生もそう思う?(同じ調子で返した言葉は、あくまで冗句の範疇と言った振りを保てど男にしては珍しい弱音だった。圧倒的な力を持つ尊敬すべき相手にこそ、唯一零すだろうそれ。昇級は当然だと言ってのける反面、七竈は自身に飛び抜けた力がないことを知っている。下級呪霊を相手にするには十分。 三級に昇級した時も、苦労はしなかった。けれどこれから先、例えば準一級、更にはその先──きっと限界が来るだろうということを、他の誰でもない自分が一番知っているのだ。)多分俺、そのうち死ぬよ。死にたくはねえけどさ、二級な〜……正直、まあちっっっとだけ、しんどいかな。(父は名のある術師の生まれだった。けれど呪力は持たず、一般人である母との交わりの末うまれたこの身は取り分け強い能力を持たずに呪術師を目指すに至った。『不運を対価に術式の威力を上げる』──それだって、不十分か実力を補うために課した縛りだ。刀も、ひとつでも武器を増やしたがった結果だ。これから挑むことになろう任務の数々の中、きっと命を落とす未来は想像に容易い。いつか自分は、 今まで命を死んだ有象無象の呪術師達と変わらず呆気ない死を迎えるだろう。けれど当然、死を恐れて逃げ出すくらいならばそもそもこの場に立っていない。一人で生きていく道を選んだからこそ、高専の門を叩いたのだ。)……ま、しゃーないか!てめえで決めたんだし、文句言うつもりはねえ!死んだ時は死んだ時、ってな!(言って勢いよく立ち上がれば、手にしていた缶を開けて一気に喉奥へと流し込んだ。底に残ったコーンを「こういうの中途半端に残るよね」と覗き込むのは、いささかわざとらしい素振りだったかもしれない。まるでこれから話すことは何でもない雑談ですよと、そう言わんばかりの前振りだ。)……俺が護衛から外れたら、 あいつどうなんの?(小さく、静かに問う。答えを求めているというより、独り言のような響きだったかもしれない。母が死んだ日を契機に、誰かを気にかけたことなどないに等しい。呪いを祓うのもすべて自分のためであったにも関わらず、あのとびきり優しく純粋で、馬鹿な少女のことが気になった。彼女はこれから、どこへ行くのだろう。何を望んで、何をその手に掴み取るのだろう。缶を見つめる横顔に教師の視線を感じて、何か言われるよりも先に「どうでもいいんだけどさ」と先手を打つ。)護衛とか、俺向いてねえしな。肩の荷が下りた感じ?で、早速次の任務だっけ?はいはい了解、さくっと祓ってくるから任せなよ。(早口に告げた言葉が、果たして自身に言い聞かせる意味合いを持たなかったかと問われれば怪しい。けれど柄にもない焦燥を、戸惑いを、感傷を、すべてを振り切るようにして空になった缶を近くのゴミ箱に向かって投げた。あの日。触れた温もりを離したくないと思ったなど、そんな気持ちも忘れるみたいに。)