七竈王哉〆 ♦ 2021/01/17(Sun) 01:10[36]
(彼女が語る言葉に耳を傾けながら、自分はどんな顔をしていただろう。少なくとも、笑顔でなかったことだけは確かだ。物事に対する好き嫌いははっきりとした性格だと自覚しているが、だからといって己の正解を誰かに押し付けるつもりは毛頭ない。けれど兄のためにと語る彼女を見れば、思わず口を挟みそうになって、 やめた。)……馬鹿だね、お前。(結局小さく紡いだ言葉は、さて誰に向けたものであったか。賑やかな音楽に消え入りそうな声で吐き出したそれが、彼女の耳に届いていなくともよかった。どうやら随分頑固な一面もあるらしい彼女に引き連れられてやって来たグリーティングで、男は最早諦めたように視線を虚空に漂わせていたろう。星が綺麗だななんて現実逃避しかけたけれど、再び視線を落としたのは緩い疑問符を投げかけられたから。平素よりも幾分幼さを携え、こちらを見上げる双眸と目が合う。当然場所にこだわりがある筈もないくせに、「いいよ、貸しひとつな」とさも彼女に着ぐるみの隣を譲ってやるかのような態度は相変わらずの悪癖のひとつ。そうして写真を撮り終えれば訪れる筈だった今日の幕引きは、彼女の手によって少し先延ばしになる。)……言っただろ、礼なんていらねえって。今日は俺が連れてきたけどさ、これからは好きな時に好きな奴と来れるだろうし。そしたらさ、今日が特別ってわけでもなくなるよ。(手に触れた温もりに、居心地が悪そうに零した溜息と共に告げた。その手を振り払おうとはしなかったけど。――彼女は、これからどこにだって行けるのだ。そうすれば、今日の記憶だって泡沫に融けて消える。そうであってくれと願いながら、てのひらを握り返す矛盾には気が付かない振りをした。特別など、もう欲しくなかった。助けられなかった時の惨憺たる有様を知っているから。欲しくなかったのに、――そう思うことこそ特別の証だとは認めぬまま。今はまだ、このゆめうつつに揺蕩っていたかった。)