三須原弐那〆 ♦ 2021/02/19(Fri) 16:11[75]
(彼と出会ってから、たくさん回り道をして、たくさん立ち止まって、たくさん間違えては、たくさんの足跡を残してきた。ふわふわと浮いたままだった足が地面について、彼という美しい魂の隣を自分の両足で歩いてきた。それは人として当たり前の人生というものだったのかもしれない。けれども、少女にとっては彼に出会うまで忘れていた輝かしいもの。せめてそのひとひらでも還せていたらいい。彼に、彼の周りに、自分にかかわる人々に。)ええ。信じています、久百合さん。(だから今はこうして、送り出そう。手を放すだけの勇気を持とう。彼という花が思う存分咲き誇れるように、待つことを選ぼう。珈琲一杯分の弱さを飲み込んだら、その足で自分が暮らす部屋に戻るつもりだったけれど。彼が止まったから首を傾げてその言葉を待つ。掌にもたらされた鍵ひとつ、握らされるだけではなく、自分で握りしめるまでそう時間はかからなかった。眉を下げて、それでもふへらと表情を綻ばせてしまうのは、だめなことだろうか。任された、と言えば何か違う気がするけれど。彼は彼で自分を信じてくれているのかと、そう思えてしまったから。)久百合さんは心配性ですね。大丈夫ですよ、私だってもう子供じゃないんです。本当は一人暮らしだって出来るんですよ?わかってます、(二人で握る一つきり。当たり前に同じものを持つ未来。ちゃんと想像できるから大丈夫。そう自分に言い聞かせて顔を上げれば、温もりが唇を塞いで言葉が止んだ。まん丸のネイビーにはきっと一等綺麗な人が、一等綺麗に揺れていることだろう。ないてしまいそうだった。) いってらっしゃい、……っ、いってらっしゃい!ひさゆりさん!!(ああ、やっぱり。まだ大人というにはこの心は幼いのかもしれない。背中に投げかける言葉は存分に未練がましく、されど祈る様に、咽ぶように。しょっぱい珈琲を飲んだら胸を張ろう。そうして彼とは反対方向に歩いていく。同じ明日を見るために。)
(微睡む意識が明かりを持ち、心臓が跳ねあがる。寝ころんでいたベッドから飛び起きて、ぐしゃぐしゃの頭のまま、皺の寄った洋服のまま、足をもつれさせながら玄関へと走っていこう。鍵とチェーンを外す手がもたついて、少し時間がかかってしまった。息が上がっている。 開けた視界に、綺麗な赤。息が詰まったのは、呼吸が止まったからではない。)……ひさゆり、さん。(言葉が詰まったのは、呼び名に迷ったからではない。)おかえり、なさい、っひさゆりさ、ぅ、 ぅうう……!!(三度目の産声は彼の名前をしていた。生きた心地がしなかった夜を越えて、心臓がうるさい声で鳴っている。ぼろぼろと泣いているのは悲しいからではない。感受性は確かに、今という輝きを受けて、正常に作動していた。それをすべてで伝えたくて、思いっきりその胸の中へと飛び込んでいこう。花は今日も其処にあった。どれだけ傷ついても、美しい花が。たとえここが地獄の中でも、何度だって咲き誇る。
大丈夫、共にあるならどんな未来でも――それは美しいと、胸を張って言えるから。)