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【ep】(咲き誇れ、)

久百合要 ♦ 2021/02/11(Thu) 17:33[66]

(許されている間は高専内で暮らしてほしい、といつかそんなことを言った。確か己の卒業が近付いてきた頃だ。ちょうど彼女が未成年である間くらいになるだろう。彼女が大学進学を目指していることも知っているし見事合格した暁には大学近くで一人暮らしをするという選択肢だってある。そしてふたりで暮らすという選択肢も。そのどちらも選ばなかったのは殆どがエゴだ。自分の目の届く範囲に居てほしい、でも任務で長く家を空けてしまった時にさみしい思いはさせたくないから信頼できる人間が居る場所に居てほしい。そんなエゴ。例え彼女がどんな道を選ぼうとも笑って頷くつもりではあったけれど――唯一、ふたりで暮らすという道だけは「追々ね」とはぐらかす筈。本当に”追々に”のつもりではあったのだがそれが彼女に伝わっているかどうかはさてどうだろう。何にせよ、自分の隣で成長していく三須原弐那の手を今後も離すつもりはなく──隣で笑って、何度だってあのまじないをかけてほしい。そのたびに強くなれるから。)


(2018年10月31日18時00分――品川駅中央改札を出てすぐ。待ち合わせ場所に久百合の姿はあった。本当ならば大学の講義が終わるという昼過ぎから出掛けたかったが、昨日の深夜で終えられると思った任務が長引き今朝までかかってしまったから仕方なく。予定を直前で変更することになってしまった詫びはこれからの時間で償わせてもらおう。制服を身に纏わなくなっても服の色合いにあまり変化はなく、相変わらず派手な赤系統のシャツの上に黒いコートを羽織っていた。髪色も髪型も変えていないのは彼女が唯一好きな赤だと言ってくれた姿にできる限り近いかたちで在りたかったから。最近は爪も磨くだけではなく色を乗せるようになって、今日の色は先日彼女に選んでもらった色だ。ひとりでいても爪先が視界に入るたびに彼女のまじないを思い出せるからこれはいい。ふと気が付くと己の指先を見つめていて、今日も彼女の到着を待ちながら視線はそこへ。やがて気配を感じたか声を聞いたか、顔を上げその姿を見止めれば自然と表情が緩む。)──弐那、ごめんなさいね。こんな時間からになっちゃって。 予約したの前にも行ったことあるレストランだって言ったわよね?今日だけ特別メニューだって……ほら、ハロウィンだから。(向かう場所は駅から程近い。すっかり伸びた髪を撫で下ろすのはほとんど癖のようになってしまっていて、そのまま伸ばしてその手のひらを取る。指先同士を絡めるように繋いでからゆっくりと歩き出した。ハロウィンの夜の駅構内は平日とは思えないくらいに賑わっていて、人混みを縫うように進み迷うことなく辿り着いたレストランはデザートのプリンに季節のフルーツと生クリームが乗っている。コートを脱ぎ予約席のプレートが置かれた二人席に向かい合い腰を下ろした。)授業はどう?今日は好きな講義がある日だったわよね確か。

三須原弐那 ♦ 2021/02/12(Fri) 07:19[67]

(許される限りは、彼の言葉を聞き届けたいといつだって思っている。二つ返事で頷いた後は学長に話を付けに行き、奨学金と高専の補助、そして自ら学内での手伝い進言して手を打ってもらった。外にアルバイトに出ることはなかったが、学食があるならそこでの手伝いを希望しただろう。コーヒーを淹れるのが上手くなった。同じく高専に残った少女たちや、新しく入ってきた生徒たちとささやかな交流を持ちながら。日々勉学に励み、未来を模索しながら今日を過ごしている。彼がここに帰ってきたら、いつだって真っ先にお帰りを言いたがって。──何度だって祈る。彼が今日も、無事でありますように。何度だって紡ぐ。澄んだまじないとなり、彼が笑ってくれるなら。また女も、朗らかに笑うんだろう。)

(時を同じく。──待ち合わせ場所まで小走りで向かう1人の女の姿があった。胸下まで伸びた髪の毛はハーフアップにまとめてバレッタで飾り、前髪はどうしても気になると言った理由で眉あたりで切りそろえている。全てのアクセサリーと洋服は今日も彼と一緒に買いに行ったもの。彼と約束をしているときは、いつもそうするようにしている。大きく重たそうなトートバックを揺らしながら、大好きな色が見えたなら大きく手を振るだろう。)──久百合さーん!……いえ、こちらこそすみません。ちょっと、夢中になってて。お夕飯お外で一緒にできるの、久しぶりなので楽しみにしてたんですよ、本当に……。限定、デザートですか?(彼の卒業からまた、表情豊かになった女は、息を切らしながら顔の前で両手を合わせる。さほど遠くないカフェで彼の連絡を受けてから急いで出てきて今に至る。限定メニューの話を聞けば分かりやすく表情を華やげただろう。甘いものが好きなんだと言えたのは案外早かった。そうして今日も、その手のひらに擦り寄ってふへらと表情を崩す。その指先が自分が選んだ朝焼けの色に染まっていれば、)……やっぱり似合います。綺麗ですね、久百合さん。(その手に指を絡めながら、ちょっとだけ照れ臭そうにいうんだろう。人形めいた少女はもういない。三須原弐那は今日も彼のそばに在り、共にテーブルを囲むのだ。)はい、今日はイギリスの文学について学びました。日本文学も好きですが、外国のものはもっと興味深いです。久百合さんは、昨日はどちらに行っていたんですか?今日はご飯を食べたら、ゆっくり休めますか?(文学部に進んだ女は、今はまだただただ勉強が楽しい時期。特に各国の伝承や文学に興味津々で、そのせいで今日も遅れてしまったわけだ。注文を終えてから心配するは彼の体のことで。心配げに眉を下げる。一緒に暮らせれば、と思いながら今日もずっと待っている。)

久百合要 ♦ 2021/02/12(Fri) 22:45[68]

(「私も楽しみにしてたわよもちろん」「そうみたいね、かぼちゃの何かじゃないかしら」高専で顔を合わせることはつい最近あったものの彼女が手伝っている学食で話をした程度だ。それでも出会い頭にぽんぽんと言葉が飛び交うくらいにはゆっくり時間を重ねてきた。指先を絡めたまま少し手を持ち上げて朝焼け色に染まる爪先を改めて見下ろして、)弐那が選んでくれた色だからよ。そうだ、次は弐那も塗ってみる?(お揃いの色でも、違う色でもいい。パーツを何か乗せてみるのも良さそうだ。楽しげに交わす会話が尽きないまま、コースの前菜が運ばれてきた。)そう、楽しそうでよかった。…昨日はね、名古屋よ。車で行って帰ってきたから殆ど何も見れてないけど……今日はゆっくりできるわ、明日お休みなの。(何でもいい、彼女が夢中になれるものが見つかって良かったと心から思う。語る彼女の表情や瞳が輝くさまは見ていて此方も自然と嬉しくなった。それからスープ、メインの料理と運ばれてきて舌鼓を打ちながらの話題は彼女の大学のことだったり、久百合の後輩にあたる高専の新入生のことだったり。あっちこっち行き来して、それはジャックオランタンが形取られた可愛らしいかぼちゃのプリンが運ばれてきた頃のこと。)──ねえ、弐那。あと3ヶ月で高専ともお別れでしょう。そうしたら……私と、一緒に暮らすのはどうかしら。色々負担は増えるだろうけど、…弐那が家で待っててくれたら絶対に帰らなきゃって思えるから。(どう?と窺うように見つめながら、右手のひらをテーブルの上に乗せる。YESならこの手をとって。そうしたらもう、本当に離せなくなるけれど。)

三須原弐那 ♦ 2021/02/13(Sat) 13:45[69]

私も、ですか?……塗るなら、一緒の色がいいです。一緒に買いに行きませんか?久百合さん。(一度瞬いた瞳はすぐにその先の未来を見て、素直にねだって見せるんだろう。ショッピングもおしゃれも好きな気持ちを思い出して、見た目には気を使うようになったけれど、それだってまだまだだ。なんていったって、世界で一番綺麗な人が目の前にいるから。「本当ですか?よかったです」「お疲れさまです、久百合さん」何度となく繰り返した会話繰をまたできる幸せを噛み締めて。新しく学んだこと、彼の後輩で自分のお客さんにあたる彼ら彼女らのこと、ここ最近の高専の慌ただしさのことなど、料理とともに近況報告を楽しんでいく。そこに彼と重なるものは少なくて、すこしだけ寂しいとはきっと随分前から思って履いたけれど口にしなかったこと。彼とともに生きていたいから。──だからこそ、驚いて目を見開いたのだ。スプーンを握るのを忘れたまま、まんまるのネイビーが彼の赤を見る。大好きな赤を見る。)……いいんですか?私は、……あなたの、重荷になりませんか?久百合さん。(なかなか心が追いついてこないのは、あまりに喜びが大きいからだ。じわじわとこみ上げてくるそれが、頬に、瞳に、熱を与えていく。差し出された右手に自分の左手を重ねる頃には、その手は震えていたかもしれない。ただただ静かに笑っているだけだった頃には知らなかった気恥ずかしさが、ゆっくりと口を動かして。)……家族に、なりたいです。久百合さん。私、あなたと家族になりたい。(思ったままを言葉にしていた。色恋なんてそれこそいの字も知らない。二度目の人生の歩みだしたときから、大好きな人はずっと隣りにいてくれたから。)

久百合要 ♦ 2021/02/14(Sun) 02:33[70]

(当然だと次に出掛ける約束を笑って取りつけよう。自分のやりたいこと、希望を我慢せずにすぐに伝えてくれることが嬉しいから、彼女の我が儘は何だって聞いてあげたくなる。いつからかその想いは大きく強く育っていた。もう戻れやしないし、久百合要は前にのみ進む。分かりやすくまるくなった藍色から目を逸らすことはなく、どこか柔く綻んだ赤が見つめていた。)重荷になんてなるわけないわ。だって弐那はちゃんと自分の足で立って、生きてるじゃない。(一緒に生きてと先に願ったのは此方側だというのに重荷だなんて、そんなわけがない。有り得ないと力強く否定してから、やがてゆっくりと彼女のかんばせに浮かび上がってきた感情が確かにプラスのものであると理解したなら此方もまたゆるりと口許が緩み持ち上がる。重ねられた左手をぎゅ、とやさしく握った。)えぇ、私もよ。──順番、逆になっちゃったかしら。(家族になりたい。前に進むと決めているからこそ、帰る場所を求めた。そしてそこに居て欲しいと願うのはつまり、)……好きよ、弐那。あなたが好き。 あなたに恋をしているし……きっと恋を超えて家族愛に似た何かも抱えてる。だいぶ重いことは自覚してるんだけど、……こんな私でも、弐那は『綺麗』だって言ってくれる?(柄にもなく少し声がふるえていた。遠慮がちな科白を吐く癖にその手を握る力は無意識に強まって、離したくないと言外に語るから我ながらずいぶんと自分勝手だ。そうしてまた”綺麗”から遠のいてしまっている気がして、だからこそ隣に居て欲しくて。)

三須原弐那 ♦ 2021/02/14(Sun) 20:55[71]

(潤む瞳からはまだ流れることはなく。全てを抱えていたい欲張りは、目を瞬かせ鼻を啜って、こらえたまま美しい赤に送りたい言葉を探す。)……私一人で、立っているわけじゃありません。あなたが立たせてくれたんですよ。ただ生きるだけだった私に、人生をくれたのはあなたなんです。久百合さん。(いつだって迷いながら、彼の幸福を願いながら、その手を離せないでいる。それこそ“重荷”で“枷”になるのではないかと、きっと心のどこかで思っていた。でもそうじゃないと誰でもない彼自身が言ってくれるなら。順番なんて関係ないと首を振れば、とうとう涙を取りこぼして照れ臭そうにはにかんだ。ああ、)……綺麗ですよ。私にはあなたの、久百合さんの、全部が輝いて見えるんです。……私、まだまだですね。こんなに好きなのに、愛してるのに、まだ教えてもらわないとわからないんです。(全肯定と、言ってしまえばそれなのかもしれない。でもそんな汎用的な型にはめる気はなく、彼の全てがいとしいと拙い唇で紡いでいく。握った手、朝焼けに染まる爪、親指のそれを自分の親指の腹で撫でた。さながら磨き上げるように。)あなたと同じ明日を生きたい。あなたと同じ世界にいたいです。ねぇ、久百合さん……私は、あなたが生きる理由の一つになれますか。(そうしたらまた涙が出るから、ふへらと気の抜けた笑顔をした。もうこの笑顔しか知らない。これが、本当の三須原弐那の笑顔だから。)

久百合要 ♦ 2021/02/15(Mon) 00:57[72]

(人生をくれたのはあなた。誰よりも幸福の中で生きていてほしいと願う相手にそんなことを言われて歓喜を覚えるなという方が無理な話だ。ゆっくりと持ち上がっていく口角が確かによろこびを表していた。それからその藍色の淵から溢れ落ちていく涙を拭ってあげたいと思う傍ら、頬を伝っていくその姿を心のどこかで綺麗だと思ってしまって。)ありがとう、本当に嬉しい。私が教えてあげる、なんておこがましいけど……一緒に知っていけたらいいと思うの。私もこんな気持ちになったのは初めてだから。(つられたようにはにかんだその笑みはどこかぎこちなくて、それはきっと初めてだらけだからだ。分からなくなりそうで、でも彼女の全てがいとしいということだけは確かで。爪先を撫でるやさしい指にそっと視線を落とした。柔らかくて、あたたかくて、泣きそうだ。)──そんなの、もうとっくになってるわよ。(今度は繋いでいるのとは反対の手を伸ばして零れていく涙を掬い取る。そのままその頬を撫でて、また笑った。それからふたりの涙が完全に引っ込むまでどれだけかかったか、プリンを食べ終わった頃か――仕事関係でしか鳴らない携帯が通知に震えたから取り出せば今も高専に身を置く彼女も知っているだろう補助監督の名前。手の中でひっくり返し彼女にも見せてから画面をタップして通話を繋ぐ。マナー違反だが非番の自分にわざわざ電話がかかってくるなんて緊急事態に違いない。携帯を耳に当てながら席を立ち、空いている方の手で店員と彼女に向けてごめんなさいと手刀を切った。)──はい、久百合です。……今?品川ですけど、……渋谷ですか、……はい、分かりました向かいます。えぇ、すぐに。合流場所はメッセージ入れてください。(店外へ足早に向かいながらの会話だったから途中までは彼女にも久百合側の声は届いていただろう。渋谷、大規模な帳。ここ最近の呪術界隈の異変と無関係な訳がない。私は負けない――そう信じながらも事の大きさにひくりと喉が少しふるえた。電話を切ると同時に彼女の元へ戻り言葉を紡ぐその表情はどうしたって強張るが、それでも努めて柔い声を出そうとした。)ごめんなさい、緊急事態だわ。行かなきゃならない。……行って、帰ってくるから。待っててくれる?弐那。

三須原弐那 ♦ 2021/02/15(Mon) 16:47[73]

(彼が、喜んでくれている。素直にそう思えた。今までは無意識にそう思っていたものを意識して、すっと息を呑んで思うのだ。)……はい。久百合さんの初めてを、大事にしたいと思うんです。それも、烏滸がましいですかね?でも……愛しくて仕方がないって、きっとこういうことなんですね。(愛されていた。ずっと、大切にしてくれていた。だから今度は、自分も地に足を付けて、心を手渡ししていきたい。泣き、笑いながら、それに触れてくれる指先にまた泣こう。あたたかな涙をそっと流そう。)――ふたりで、ふたりのために。そういえばよかったんですね。(今更思い出す、四年以上前のこと、彼が卒業するときのこと。でも今からでも遅くないって思っているから、頬を摺り寄せる女は穏やかに笑っていた。――食後のデザートを味わう頃には泣いてしまった恥ずかしさがじわじわとこみ上げてくる。「帰ったら蒸しタオルします」と言いながら食べたプリンはおいしかった。このまま一緒に、高専か彼の家に帰るものだと思っていたのだ。―スマートフォンの画面に自然と空気が張り詰める。彼の代わりに店員に謝罪を述べて、珈琲を一杯頼もう。長くなるかもしれない。電話が、ではない。待ち時間が、だ。事の重大さは何となくの空気で感じ取ってしまうくらいには、呪術師というひとたちにかかわってきた。勿論珈琲一杯の時間で片が付くなんて思っていない。ただ、珈琲一杯分の時間がないと、ここから立ち去るのも難しそうなのだ。戻ってきた彼の言葉を聞いてその気持ちは大きくなる。行かないでと、いつだって言いたい。でも自分には力がないから、せめて。)……そんなの、当たり前じゃないですか。(強張る表情だって、笑おう。伸ばした手は彼の髪を梳いて、そのなめらかな頬に伸びて。反対の頬にそっと顔を寄せる。許されるなら、そのままそこに口づけを一つ落として。)今日も、あなたが一番綺麗ですよ。久百合さん。(まじないを、紡ごう。明日もまた、二人の花が咲きますように。萎れてもいい、枯れてもいい、散ってもいい。命あれば、花はどこでだって、また咲くのだから。)みんなをお願いしますね。絶対に、みんな一緒に帰ってきてください。私は珈琲を飲んだら、いつもの部屋で待っていますから。

久百合要〆 ♦ 2021/02/17(Wed) 01:01[74]

(私のために、あなたのために。ふたりで、ふたりのために。似ているようで全然違うということにずいぶん時間をかけて気付くことができた。でもきっとこれまでの時間もふたりにとって必要な時間だったはずだから、悲観することなんてない。まだまだこれから時間は幾らでもあると断言できるほど平和な世界に身を置いてはいないけれど、そう在りたいと強く思っていられるのは他ならぬ彼女がいるからだ。──それは嫌な予感が拭いきれない緊急招集を受けても変わらないこと。髪に触れるその手のひらは今日もあたたかくて、顔を寄せられたならその意図を察して静かに瞼を下ろした。急がなければならない。でも久百合要として立ち続けるためには彼女の力が不可欠だった。)ありがとう、弐那。またひとつ、強くなってくるわね。(己の価値を決めるのは、最後は自分自身だと思っていた。他人の評価なんぞ結局は風前の灯火のようなもので、あてにするものではないと。でも今はこんなにも彼女の言葉を求めている。呼応するかのように伸ばした手のひらで同じように頬を撫でてから、目線を合わせるために屈めていた腰を伸ばした。)……えぇ、一緒に帰ってくるわ。そうね…弐那は今すぐに高専に戻って、(そこまで条件反射のように口にしてからふと動きを止める。はたして高専という場所は、本当に今もっとも安全な場所と言えるのだろうかと。以前の襲撃事件に加え、これ程の規模の要請となれば信頼できる学長も医師も出払ってしまう可能性が高い。しかも此処から高専に戻るとなると帳が下ろされた渋谷に一度は近付くことになる。顎に手を当て悩んだのは数秒、キーケースに吊るされた鍵をひとつ取り外して彼女に握らせた。)弐那、やっぱり高専じゃなくてこっちに。来たことあるから場所は分かるわよね?家の中のものは何でも好きに使ってくれていい。きっと夜遅くなるか……もしかしたら朝になるか、それかもっとかかるかも。難しいかもしれないけど、ちゃんとベッドで寝るのよ。お腹が空いたらあるもの好きに食べてね。(ぎゅ、と鍵を握らせた拳の上から包み込むように。そのままもう一度腰を屈めて顔を寄せたならそっと唇を合わせた。触れ合うだけの一瞬、でも込める想いは膨大だ。)──行ってくる。(踵を返した男はもう振り返らなかった。絶対に帰ると誓ったのだから、もう前を見るしかない。)


(20:42、久百合要現着。七海・猪野・伏黒と合流。ともに待機の後、突入間際に五条悟が封印されたとの報を聞き七海と別行動、猪野・伏黒・虎杖と帳を解くための戦闘に突入。『禪院甚爾』との戦いにて、先に致命傷を受けた猪野から引き継ぐも力及ばず腹部貫通、左腕裂傷、その他骨折多数と重傷を負う。それでも下級呪霊を払いつつ歩き続けたのは根性というべきか執着と呼ぶべきか。22:40、首都高速3号渋谷線渋谷料金所へ到着。家入の反転術式により命を繋ぎ止める。傷はすべて塞がったもののより強い術式発動のために戦闘中にざくざくと切り落としていった髪は元に戻らず、耳を覆う程度の長さとなっていた。意識を取り戻してからは指示を仰ぐ人間を状況により変え、時には受けたばかりの指示を無視した行動を取っていた模様。最終的には単独行動の末、しかるべき人間に生存を知らせるだろう。まだ戦う意思があることも――その相手は、自分で見定めたいということも。)


(歩く道すがら、無意識にキーケースに手を伸ばしてからふと鍵は手元にないことを思い出してひとり笑った。インターホンを鳴らす。軽やかな音が響いた。)──ただいま、弐那。 貴女の方が、髪長くなっちゃったわね。(そう言って、玄関先で笑うだろう。まずは抱き締めさせてほしいと両手を広げて差し伸べる。

──花は今日も、此処にある。何度だって咲き誇る。)

三須原弐那〆 ♦ 2021/02/19(Fri) 16:11[75]

(彼と出会ってから、たくさん回り道をして、たくさん立ち止まって、たくさん間違えては、たくさんの足跡を残してきた。ふわふわと浮いたままだった足が地面について、彼という美しい魂の隣を自分の両足で歩いてきた。それは人として当たり前の人生というものだったのかもしれない。けれども、少女にとっては彼に出会うまで忘れていた輝かしいもの。せめてそのひとひらでも還せていたらいい。彼に、彼の周りに、自分にかかわる人々に。)ええ。信じています、久百合さん。(だから今はこうして、送り出そう。手を放すだけの勇気を持とう。彼という花が思う存分咲き誇れるように、待つことを選ぼう。珈琲一杯分の弱さを飲み込んだら、その足で自分が暮らす部屋に戻るつもりだったけれど。彼が止まったから首を傾げてその言葉を待つ。掌にもたらされた鍵ひとつ、握らされるだけではなく、自分で握りしめるまでそう時間はかからなかった。眉を下げて、それでもふへらと表情を綻ばせてしまうのは、だめなことだろうか。任された、と言えば何か違う気がするけれど。彼は彼で自分を信じてくれているのかと、そう思えてしまったから。)久百合さんは心配性ですね。大丈夫ですよ、私だってもう子供じゃないんです。本当は一人暮らしだって出来るんですよ?わかってます、(二人で握る一つきり。当たり前に同じものを持つ未来。ちゃんと想像できるから大丈夫。そう自分に言い聞かせて顔を上げれば、温もりが唇を塞いで言葉が止んだ。まん丸のネイビーにはきっと一等綺麗な人が、一等綺麗に揺れていることだろう。ないてしまいそうだった。) いってらっしゃい、……っ、いってらっしゃい!ひさゆりさん!!(ああ、やっぱり。まだ大人というにはこの心は幼いのかもしれない。背中に投げかける言葉は存分に未練がましく、されど祈る様に、咽ぶように。しょっぱい珈琲を飲んだら胸を張ろう。そうして彼とは反対方向に歩いていく。同じ明日を見るために。)


(微睡む意識が明かりを持ち、心臓が跳ねあがる。寝ころんでいたベッドから飛び起きて、ぐしゃぐしゃの頭のまま、皺の寄った洋服のまま、足をもつれさせながら玄関へと走っていこう。鍵とチェーンを外す手がもたついて、少し時間がかかってしまった。息が上がっている。  開けた視界に、綺麗な赤。息が詰まったのは、呼吸が止まったからではない。)……ひさゆり、さん。(言葉が詰まったのは、呼び名に迷ったからではない。)おかえり、なさい、っひさゆりさ、ぅ、 ぅうう……!!(三度目の産声は彼の名前をしていた。生きた心地がしなかった夜を越えて、心臓がうるさい声で鳴っている。ぼろぼろと泣いているのは悲しいからではない。感受性は確かに、今という輝きを受けて、正常に作動していた。それをすべてで伝えたくて、思いっきりその胸の中へと飛び込んでいこう。花は今日も其処にあった。どれだけ傷ついても、美しい花が。たとえここが地獄の中でも、何度だって咲き誇る。

大丈夫、共にあるならどんな未来でも――それは美しいと、胸を張って言えるから。)

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