三須原弐那〆 ♦ 2021/01/19(Tue) 13:41[36]
(ここも比較的自由だ。閉鎖的な空間の中ではよっぽど辺鄙な場所に行かない限り、よっぽど大事な場所に行かない限り、叱られることもない。校舎と寮の周辺をゆったり散歩して、座れるところを見つけたら座る。いままでは校庭の隅やその辺の岩になんかも座っていたが、最近座る場所に気を付け始めた。彼と一緒に選んだカラフルな洋服を着る様になったからだ。世界が少しだけ明るく見えるのは、黒と白以外の色を身にまとうからだろうか。さぁ、わからない。――そんな、何でもないことを考えながら歩いていた頃だった。彼の背中を見つけて、心がそわっとして、自然と足はそちらに向く。今までだってそうだっただろう。彼の姿を見つけたら近寄っていた。今日もそうなるはずだった。 彼の目の前に立つ“ごじょうせんせい”が、見えない瞳でこちらを見た気がして、少女は足を止める。) っ、(息も止まったような気がした。―三須原弐那は五条悟が苦手だ。『ごじょうせんせいは、いい人ですか?』久百合要にふとそんなことを聞いたことがあるくらいには。)
(そこからはあまり覚えていない。彼とごじょうせんせいが話していて。その内容を聞いてしまって。彼が今後の話をしだしたところで静かに踵を返した。気が付いたら震える掌で心臓を押さえつけて、与えられた部屋の隅に居た。黄色のスカートが地べたに広がる。あんなに気を付けていたのに、無意識に床に膝を抱えて座っていた。)……どうしよう、(小さな体をさらに小さくするように。世界の体積をなるべく取らないようにして。少しカラフルになった人間団子は震える。ああどうしよう、自分は自分のために彼の手を握ったのに、――彼は彼のために、自分の手を取る理由がなくなってしまったのだ。だってそういうことだろう。三須原弐那をあの場から連れ出したのには明確な理由と目的があって。その目的は達成されてしまった。彼は彼のために次の道へと歩いていく。――ならば、自分のために手を伸ばした三須原弐那は、何を掴めばいいのだろうか。そこまで考えてふるりと頭を振った。いいや、つかんでおくものならこの記憶が始まった時から決まっているじゃないか。)わたしは、わたしのために、(そうだ、生きなければいけない。生き続けなければいけない。それだけじゃないか。ずっとそうだったじゃないか。頭の中で呪いの音が鳴っている。「生きろ」「生きろ」「生きろ」「生きろ」)……いきつづけなきゃ。(気が付けば震えは止まっていた。ゆったりと笑みを抱えて、心臓も抱えて。)
(その日は久しぶりに床で眠った。分厚いコートを着て、布団を頭からかぶって、ドアから一番遠い部屋の隅っこで膝を抱えて眠った。教団に入ったばかりの頃を思い出した。こうして身を守っていないと打とうとすることすらできなかったあの頃を。呪いの中で声が重なる。「弐那」『弐那』「弐那」『弐那』)…………ねぇ……さ、ん、……ひさ、ゆり……さん(揺蕩う意識、浅い夢の中。二重になる背中には、どちらにも鮮やかな赤が滲んでいた。――『弐那』彼が振り返る。綺麗な赤、そわっとする、きれいな。)……ひさゆり、さん、(どこかから、しょっぱい香りがしていた。)