久百合要〆 ♦ 2021/01/18(Mon) 01:28[35]
(この組織の報連相は果たしてきちんと機能しているのかと不安を覚えたくらいには急な呼び出しだった。生贄になる予定だった少女を救い出し、護衛を含めてともに買い物にも行った。昇級試験がかかった任務だからだ。強くなりたい。そのために、上へ行きたい。できる限り上に。できる限り早く。上へ行けば行くほど強い敵を相手にできるから。強くなるための近道はないけれど、それでも最短手段はある。思い返せば施設からの脱出時には気分が上がって少々派手にやったものの他の喧騒に紛れただろうし、それからは中々うまくやったはずだ。昇級試験に通らないなど、そんな可能性は微塵も考えていなかった。──とはいえ、試験終了はもう少し先だと思っていたのだ。さすがに。)……え?五条先生が?今すぐ? 相変わらず急なんだから……何かしらね。(グラウンドでの自主練を終えてさて一旦寮に戻ろうかと踵を返しかけたのは陽が落ちかけた頃。己のことを探してくれていたらしい同級に声をかけられ相変わらず急すぎる展開にやれやれと息を吐き出して教員室に向かったものの、待ちくたびれたのか渡り廊下で待ち構えていた教師が笑みを浮かべてひらひらと手を振っていた。その笑みに少しばかり嫌な予感がしたけれど逃げ場はない。)五条先生、私に用って――……、……は?(試験終了。二級術師の仲間入り。次の任務は高専から少し離れた地方に早速明日から行ってもらうから――。流れるように澱みなく目の前の男の口からもたらされる情報はあまりにも多すぎて、というか、急すぎて。ぽかん、と口を開けていた数秒後に慌てた様子で右腕を持ち上げ手のひらを差し向けふたりの間に掲げる。意訳するなら”ちょっと待て”だ。)終わり?もう?大したことしてないんですけど……いや、嬉しいに決まってるじゃない。愚問よ。そのためにきっちり仕事したんだから。(ゆっくりと下ろした腕を組み、渡り廊下の柵に凭れる。そう、昇級するための任務だった。それ以上でもそれ以下でもない。予想していたより遥かにあっさりと終了したけれど──まぁいい。これで晴れて二級術師だ。これから、今まで以上に強い敵と闘える。もっともっと強くなれる。もっと。自然と三日月型に持ち上がる口角が不敵な笑みを形づくった。好戦的なそれとともに巡る思考が占めるのは体力強化、任務に向けての自主練方法の練り直し――「美」を維持するために貴重な睡眠時間をきっちり確保するには何事も効率的にやらねばならない。これからを見つめる瞳はまっすぐ、力が籠る。)明日って出発予定時間は――……、え? ちょっと、それならもっと早く教えてくれないと。今すぐに支度するわ。資料は?……伊地知さんね、了解。二級術師デビュー戦、ばっちり決めてきますから一級への推薦も早めにお願いしますよ、先生。(さっそく詳細を聞くべく補助監督の元へと踵を返す。任務前夜のルーティーンをこなすには時間を少したりとも無駄にできなかった。脳のキャパシティはすべて明日へ注がなければ。──なのに、どうしてだろう。彼女の手のひらの温度が、なぜか忘れられない。あの小さな手のひらをもう引いてやることもないのかもしれないと思うと、妙に胸がざわついた。ふと足を止め、空っぽの手のひらを見下ろす。いつか自分以外の存在に無邪気に笑いかけるのだろうか。好きなことを自らの力で見つけられるだろうか。そんな未来を迎えたのなら喜んでやるべきだと確かにそう思うのに、ずっと自分を見ていればいいとも脳内で誰かがささやく。──久百合要は、ひとりで前へ進むと決めたのに。)